特別ルポ『添乗員はつらいよ』⑧大喜びの銭湯体験

特別ルポ添乗員はつらいよ 通訳案内士/添乗員

 外国人観光客に銭湯を勧めると、最初は戸惑いの表情を浮かべる人が少なくありません。裸になる、他人と湯を共有する──確かにハードルは高そうです。それでも体験後、多くの人が笑顔で「忘れられない思い出になった」と言います。なぜ銭湯は、これほどまでに彼らの心を掴むのか。実際の添乗現場での反応をもとに、日本の風呂文化の強さを考えてみたいと思います。

※本記事は、著者が執筆した電子書籍をもとに、加筆・再構成したものです。
※This article is adapted from my Kindle eBook by the author.

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1. 欧州人は古来より風呂好き? 

 インバウンド添乗で面白いのは、和風旅館に泊まるときの風呂の入り方の説明だ。まず、ほとんどのお客さんが日本の大風呂を経験していない。西洋のようにプライバシーの概念が堅固でない日本では、和室の襖に鍵がないのは何故か、とかいった質問は、よくある。

 大風呂にしても、男どおし、女どおしとはいえ、スッポンポンで何人もの人がいっしょに湯船に浸かるのは、個人の秘密を完全にオープンにしてしまうノー・プライバシーの状態になるのだから、彼らとしては何とも奇妙で納得できないようだ。ま、私が見るところ、日本人的に風呂を楽しんで帰るのは、多分、半分以下であろう。

 しかし、古代のギリシャ人やローマ人は風呂をよく好んでいたようだ。古代ローマ帝国のカラカラ帝が建設した大浴場を始め、その周辺の都市にも大浴場が建設されていたのが、遺跡などで知られる。

 このような風呂好きのヨーロッパ人が、風呂に入らなくなったのには二つの理由が上げられている。

 ひとつは、蛮族の侵入により浴場やこれにかかわる水道施設が破壊されたこと。もうひとつは、キリスト教文化によるそうだ。キリスト教では身体を清潔にすることは精神的な清浄をいうらしく、精神的に清浄であれば身体も清潔でいられる、と考えられたいた。つまり、入浴は必要ないというわけだ。

 いっぽう、裸で浴槽に浸かっていることは肉欲にもつながる、と否定的だったともいわれている。中世の医学でも、入浴すると皮膚から水中の良くない成分が体内に入ると信じられていた。

 このような稚拙な科学知識の世界では、フランスのルイ14世は、約70年の在位中、風呂に入ったのはたったの1回だけであったと伝えられている。貴婦人たちも同様で風呂に入らず、下着を頻繁に替えたそうだ。体臭を隠すために香水を使うようになり、ヨーロッパでの香水発展のもとともなった。風呂には入らないがビデが誕生したのもそんな背景からであろう。

 浴槽に浸かっていると肉欲にもつながるといわれるが、それも奇妙な説である。素直に解せない。日本では江戸時代、寛政の改革以前は銭湯はすべて混浴であった。混浴なら肉欲、すなわち性欲につながるのはわかるが、ヨーロッパも昔は混浴だったのであろうか。

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2. 日本人はいつも他人思い

 ま、むかし話はともかく、和式の旅館で大浴場のあるところでは、全員をまず女湯へ連れていく。なぜ女湯かというと、私がこういう時に女湯の中ををよく見ておかないと、後で、女性客から風呂場の中のあれは何ですか、と聞かれても、ものを見ていないと答えられないからだ。どれどれ、といって女湯へ確認にも行けない。

 だから女性添乗員の場合は、男湯で説明したらいいだろう。

 まず、洗い場で、湯船に入る前にシャワーなどを使って、全身をくまなく洗うことを説明する。ここで、石鹸やシャンプー、リンスを使ってもいいし、シャワーを使った後いったん湯船に浸かってからそうしてもいい、とも説明する。これは、後から湯を使う人への気配りだと話す。湯船の湯をきれいに保つ努力をするのは日本人の当たり前の習慣だ。日本ではみんなで湯船を使うので、欧米のようにひとりで入浴が終わったら、湯船の湯を全部取り換えることはしない。日本人はいつも、相手や、仕事で言えば後の工程?の人にリスペクトの感を潜在的に持っていることを説明する。

 日本の文化や習慣を説明していると、日本人はいつでも、他の人や後から来る人のためにかなり気を遣っていることが自分でわかる。美しい習慣だ。昔の江戸っ子や、今でも江戸っ子気質の人は、石鹸やシャンプーで、身体を完璧に洗い終わってから初めて、湯船に入る。

 洗い場で洗い終わったら、湯船に入るときには、使ったタオルを絶対に湯船に入れないように、厳重に注意をしておく。

 ある時、アメリカ人医師の夫婦二人を全国通訳案内士として京都の鞍馬温泉に案内した時のことだ。一緒に男湯に入ったご主人は、気に入ったのか、温泉効能を十分活かしたいという医師的判断なのか、首まで湯につかって目を閉じ、ビクともせず、二十分ほど湯船に浸かっていた。タオルは教えたように頭の上。まだ使っていない。

 私は気性は江戸っ子だから、そんなに浸かってはいられない。湯船の木製の縁に腰かけたり、洗い場で身体を洗ったりと、忙(せわ)しい。彼が眠っていたヒグマが起きるように、ようやく動き出した。その時、頭のタオルを湯につけて顔を撫でようとした。
「あ、タオル、タオル!」

 私は、日本語だか英語で叫んだ。彼は驚いて瞬間的にタオルを湯船の外へブン投げた。あ、そこまで驚かなくったっていいんですよ。タオルだってまだきれいなんだし。私の薬が効きすぎたのかもしれない。彼は苦笑いしていた。

2-1. 全員が席を譲る

 薬の効きすぎといえば、電車の優先席のことを思い出す。サクラ・ツアーでは20代、30代のツーリストが多い。優先席は、車内が空いているときはいいが、いったん、ハンディキャップの人や老人を見かけたら、すぐに立って席を譲ること、といって聞かせてある。

 たまたま、老人が乗り合わせてきたので、私も優先席に座っていたので席を立ってその老人に譲った。たぶん、私より歳は若かっただろうけど、見かけは老けて見えたからね。

 若いツーリストは、それを見て、少しでも老けた人を見かけたら、4、5人が一斉に立ち上がる。いいんだよ、みんなが立たなくったって、ひとりが立てば(笑)。

3. ブラやパンティも脱ぐ? 

 女湯で風呂の使い方を説明し終わった後、ある時、ある女性から質問が出た。
「あのぅ、ブラジャーとかパンティも取るんですか? 湯船に入らなければ、それらは付けたままでいいのでしょうか?」
 う~ん、湯船に入らなければ意味ないでしょうに。でもブラや下着のパンツつけたまま湯船には入ってはダメですよ。そもそも、脱衣して洗い場に入るときにはスッポンポンが原則ですよ。

「あとは、日本人のやるように楽しんでください。郷に入れば郷に従えというでしょ」
ま、テンヤワンヤである。

4. ウイァ・リボーン!

 中には、日本のこのような温泉が好きになってくれる人もいる。ドイツ系のテレジアとそのご主人、そしてその女性友達は、ここ以外にも、日本の温泉に入れるところはあるか、と聞いてきた。

 私は二つ返事で、日本にはセントウというものが市街地にある、と説明。むこうもウンウンと乗り気満々。

 京都の東山のホテルに宿泊したとき、近くの風呂屋に、希望者を募ってゾロゾロ出かけた。女性だけだった。入り方は、すでに説明済み。後は、日本のご婦人のするようにしてください、と。

 女の長湯とはいうが、外国人だし、ま、30分もあればいいか、と、私が風呂から出たら、風呂屋の前でみんなが待つようにしていた。私には30分は長い。しかし、何とか時間を潰し、外へ出ると、全員、ほっぺ真っ赤々、で私を待機していたのだ。

そして第1声が、
「マサート、ウィア・リボーン!」(生き返った、という意味です)。
 全員が両手を挙げてVサイン。
 ま、私も嬉しかったね。

5. 喜んでくれた都内の銭湯

 この時の一行は、みんな風呂好き。東京に来てからも、サプライズを、と思って銭湯を探した。御徒町のホテルから二区画も歩くとそこに銭湯はあった。ネットでチェックすると、写真もなかなか。希望者を募ったら、京都でも行った女性の夫婦のみ。ま、いいか。三人で行った。

 男湯はなかなかのもので、脱衣場の前は錦鯉が泳いでいる。鯉は、この旅行の大部分を占めるオランダ人は「コイカープ、コイカープ」といってよく知っている。

 さて、男湯の洗い場や浴槽の方へ行ったら、これまた、私が、そして一緒の男性客もビックリ仰天。なんと、カランの上の、通常は鏡の部分の下半分くらいが水槽になっており、大きな錦鯉がゆっくりと泳ぎながらこちらを見ているのだ。こんな銭湯は私も初めてだった。
 いみじくも彼がいった。
「マサート、あれはメスのコイカープだよ」

 30分もゆっくりして2人は外へ出た。奥方はまだ出てこない。湯あたりでもしていなければいいが。それを彼に告げると、
「なぁに、女は長いから」
 そうか、ヨーロッパでも女性は長湯か。十分も待っていると、またまた、真っ赤な顔をして出てきた。
「マサート、アイム・リボーン!」

 大阪・道頓堀のグリコの宣伝のキャラクターのような仕草をして破顔一笑。中で日本人婦人に親切にしてもらったそうだ。良かった、良かった。

6.まとめ

たぶん、普通のインバウンド旅行の行程表には銭湯へ行くプランなどは無いに違いない。当たり前の観光周遊、当たり前の和食。これでは何の面白みもなかろう。彼らが国へ帰ってから、友人などに土産話をするときに、日本での銭湯体験は必ず場を沸かすに違いない。またそんな珍しいところへ案内した私を忘れることはないだろう。

現に、9年も前に案内した観光客からは、彼らが「日本観光会」パーティをするたびにその動画などを送ってくる。他の観光客の日本観光のハネムーン・ベビーも、もう小学生で、成長のたびにその写真がfacebookに投稿される。嬉しいことだ。

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※本記事は、著者が執筆した電子書籍『添乗員はつらいよ』【写真】を加筆・再構成したものです。
実際のツアー現場で起きた出来事や、その後の展開については、電子書籍でより詳しく紹介しています。

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