レマン湖畔にある瀟洒なホテルを出て、人目を気にしなくてもよい辺りへ来たとき、シャーリーは山崎の片腕を自分の胸に抱えた。押し付けられたシャーリーの胸を通して彼女の鼓動が伝わってきそうだった。湖畔を這う緩やかな夜風で、シャーリーの髪が山崎の顔を柔らかに掃いた。
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このブログ『Make money! 電子書籍天国』は
第1章 著書紹介
第2章 出版方法
第3章 購入方法
第4章 スマホで読める
から構成されています。各章、別建ての構成となっています。
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南ア、ヤン・スマッツ空港にて
この小説は、以下のような書き出しで始まる。
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【小説部分】ヤン・スマッツ国際空港に山崎が降り立ったのは、秋が始まりだした頃の早朝であった。
成田を離陸したのは五月の連休明けだったが、南半球ではこれから秋冬に向かおうとする季節である。空港内に暖房はまだ入っていないようで、機内で暖まっていた身体には寒気がチリリと快い。
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ヤン・スマッツ国際空港は南アフリカを代表する空港で、1994年にはヨハネスブルグ国際空港、そして現在はオリバー・タンボ国際空港と名前を変えている。
この小説は、商用で南アを訪れた山崎という男と、彼を迎えた国際シンジケートの女性社員シャーリーとの恋物語である。
南アの首都はプレトリア。ヨハネスブルグは商業都市である。そのプレトリアはジャカランダという高木の花が見事で、日本の桜並木を2倍スケールにした状態で、花のいろはむせかえるような紫である。
ジャカランダの香り
【小説部分】
街中には、目にも鮮やかな青紫の花を満開に咲かせた大きな木が、道の両側に並木としてズラッと植えられている。樹木の高さが十メートルはゆうにあるような巨木で、枝も自由奔放に伸びきった感がある。
「この花というか木は・・・」
「ジャカランダよ、素敵でしょ、今ごろが一番の見ごろなの」
山崎は、初めて見る彩度の高い花の色彩とそのボリュームに圧倒され言葉も出ない。
空も見えないほど密になっている青紫の花のトンネルを緩やかに走り出ると、小高い丘の上に来た。シャーリーに腕をそっと押されて見晴らし台のようなところに着いた。そこからの景観に山崎は思わず息をのんだ。
プレトリアの市街地が一望できる。それはともかく、市街地のビルの間という間や通りの沿道には、ジャカランダの青紫の花が一面に敷き詰められたように見下ろせる。
南ア、人種問題の源流
南アを舞台にした小説では、人種問題を回避して通ることはできない。
【小説部分】
「もうひとつお見せしたいところがあるの」
シャーリーは、山崎をそこから遠からぬ所にある記念碑(フォールトレッカー開拓記念碑)へと案内した。記念碑とはいえ、ちょっとしたビルになっている。広い内部の壁面は、オランダ人が最初にたどり着いたケープタウンを基点とする南西部ケープ植民地から、プレトリアを含む北東部地域へ移住してきた、その苦難の開拓の歴史が横長の絵巻物のように大きなレリーフとなっている。
ケープ植民地が拓かれてからはオランダ人は次第に増え、やがてボーア人という民族集団を形成する。彼らは大きな農園を経営するようになるが、それを支えていたのは、紀元前から居住していた原住民を奴隷として使う労働力であった。ここにその後のアパルトの源流を見ることができる。
ナポレオン戦争後、南アは正式にイギリスの領地となった。英語が公用語となり、英語を解さないボーア人は二等国民として位置付けられた。ボーア人は自らをアフリカーナーと自称し地位保全を目指す。しかし、イギリス人治世下で奴隷労働の廃止が打ち出されるや、これに反対して北東部の奥地へと大移動を始めたのである。
北東部への移住と言っても、行く先々では先住民との戦いがあり、食糧難なども加わり大変なキャラバンだったことは想像に難くない。この記念碑はそれを後世に伝えようと建てられたという。しかし、ここを訪れている、山崎の周囲にいる人々の中には先住民の末裔たる黒人は見当たらない。
シャーリーにしてみれば、この記念碑は自分たち開拓民族アフリカーナーの誇りかもしれないが、山崎は居住地を追いやられ、戦いに倒れた先住民の無念の情を思いやらずにはいられなかった。
国際会議
山崎とシャーリーが初めて会ったのは、スイス・ローザンヌで行なわれた国際会議であった。ヨーロッパ各国から8、9人、それに山崎が加わった。
ローザンヌは言葉はフランス語である。ヨーロッパからの参加者は全員、フランス語が堪能だが山崎は英語しか話せない。英語で進行する会議は、議論が白熱するとフランス語にかわり、それに気が付いたリーダーが、
「Go back to the English for Mr.Yamazaki」
を繰り返すのだった。
【小説部分】
これに困惑気味の山崎を見かねたのか、休み時間を挟んで山崎の隣に座ったのがシャーリーであった。
色白の肌、薄い栗毛色の髪を無造作にキリリと束ねあげ、目はブルーアイ、赤地に細かい白の水玉模様のブラウスに黒のパンツ・ルックであった。普通の外国人女性に比べると小柄である。
(中略)
ちょっとフランス語が続くとシャーリーは、その意味を山崎の耳元で英語で囁いてくれた。時々、山崎の耳にかかる彼女の吐息が彼をときめかせた。
湖畔のレストランにて
【小説部分】
シャーリーは髪をおろし、淡いグリーンのワンピース姿に変えていた。リングやイヤリングも付けてきた。なべて派手な装飾品を付ける他の参加者に比べると、彼女のそれは質素なデザインであった。しかし、よく見ると石目は小さいがクオリティの高いダイヤモンドがセットされていた。
(中略)
おのおの好みで飲み物と食べ物をオーダーする。しかし、メニューは生憎フランス語だ。肉だの魚だのオードブルといった程度のフランス語はわかるが、メニューのひと品ずつは、山崎にはとてもわからない。するといつの間にか隣に席をとったシャーリーが、一品一品ずつ英語で説明を始めてくれた。
(中略)
一同、卓上のパンを肴に、料理が出るまでの長い時間、ワインを口にしながら諸国の事情に話を咲かせた。シャーリーは日本のことに非常に興味を示し、東京の街の様子、歌舞伎や柔道、食べ物、そして女性のファッションと、質問は矢継ぎ早に出てきた。
(中略)
しかし、セミナーに来て何日か経過し、毎日好意的に奉仕してくれるシャーリーに対し、山崎の中に仄かな親愛の情が芽生えつつあるのに自分で気がつかない訳ではなかった。感謝の気持ちを超えた感情が醸成されつつあった。街灯に照らされている遊歩道なら大丈夫であろうと、山崎はシャーリーの申し出に応じることにした。
ホテルを出て人目を気にしなくてもよい辺りへ来たとき、シャーリーは山崎の片腕を自分の胸に抱えた。押し付けられたシャーリーの胸を通して彼女の鼓動が伝わってきそうだった。湖畔を這う緩やかな夜風で、シャーリーの髪が山崎の顔を柔らかに掃いた。シャーリーのフェミニンな香りが山崎の鼻をかすめた。
「パンを買うおカネをちょうだい」
【小説部分】
夕食前に街を歩きたいという山崎のリクエストに、シャーリーは彼を宵闇がせまる商店街へと連れ出した。何の躊躇もなくシャーリーは山崎の腕を胸に抱いた。ふたりの足並みに合わせて、彼女の胸が山崎の腕を押した。
(中略)
すると、どこからともなく貧相な身なりをした子供たちが現れた。山崎たちの前にきて、
「ギブミーマニーフォーブレッド(パンを買うおカネをちょうだい)」
と手を出してくる。
山崎はいくらくらい差し出せばいいかシャーリーに尋ねた。
「トシ!、ダメよ!。アブソルートリー・ノー!(絶対ダメよ)」
いつも静かな言動のシャーリーが強い剣幕で山崎に言った。彼は余りの事にたじろいだ。
(中略)
レストランでもシャーリーの態度があまりにも毅然としていたので、山崎は何を食べたのか思いだすことはできない。
やや色の薄い黒人女性がオーダーを取りに来た。山崎はいつも海外出張でするように機内で覚えたばかりの現地語で、ひと言ふた言、そのウェイトレスに話しかけた時だった。シャーリーが山崎の手首を捕まえて強く振りながら、
「ダメ、ウェイトレスに話しかけてはダメよ! あなたはそういう立場にいません!」
と、ブルーアイで山崎を凝視し、強い口調で山崎がウェイトレスに話しかけるのを制止した。いつも物静かに話すシャーリーが、お互いにこころのひだをいつくしみ合うことができるようになっていたのに、山崎が何かとんでもないことをしでかしたかのように別人のようなきつい口調で詰ったのだった。
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こうして小説は展開していきます。続きはぜひ電子書籍で!
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7. 『レマン湖永久に』431円、紙書籍 1,980円
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