特別ルポ『添乗員はつらいよ』①還暦過ぎての新天地 年齢で足切りの業界ナンセンス

特別ルポ添乗員はつらいよ 通訳案内士/添乗員

還暦を過ぎてから、新しい仕事に就く──。口で言うほど簡単ではありません。とくに体力勝負とされる旅行添乗員の世界では、「年齢」は最初に突きつけられる壁でした。応募すれば年齢で足切り、面接にすら進めないことも珍しくありません。それでも私は、この業界に足を踏み入れました。なぜ採用されたのか、そして現場で何が待っていたのか。きれいごとでは済まない現実を、実体験から書いてみたいと思います。

※本記事は、著者が執筆した電子書籍をもとに、加筆・再構成したものです。
※This article is adapted from my Kindle eBook by the author.

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1. 本職は国際ビジネスのプロモーター

 私は、数年前に海外旅行の添乗員を始め、次いでインバウンド(訪日外国人旅行者)の英語添乗員、そしていまでは難関の全国通訳案内士の国家資格を取り、訪日富裕層の英語観光ガイドをしている。

 本職は国際ビジネスのプロモーターである。中小企業の顧客開発や経営相談などをしている株式会社の代表取締役である。いわゆるSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス=自宅を拠点にした小さな企業)である。日本に進出したい海外企業のお手伝いや、海外に進出したい、あるいは海外企業のM&Aをしたい企業を支援している。

「添乗員はつらいよ」とはいうものの、本当につらいことばかりなら他の仕事をしたらどうかね、ということになる。しかし、私は全国通訳案内士やインバウンド添乗員の仕事が好きなので、この仕事を続けている。

 ひと口に添乗員といっても、次の3種がある。

(1)海外旅行に、主に日本人客を案内する仕事
(2)国内旅行に、主に日本人客を案内する仕事    
(3)訪日外国人に日本の観光名所、日本文化、日本の歴史、日本の風俗・習慣などを外国語で案内する仕事。

 (1)と(2)の資格は別で、どちらも英会話は必須ではない。試験科目もない。(3)は現在、需要が急増し制度化が遅れており、実質的には(1)の有資格者の内、英会話能力のある人が担当していることが多い。

 (1)(2)の資格取得は簡単で、しかるべきところで座学を1、2日ほどして、修了試験をパスすればよい。パスできない人はいない。

 以上の業務分類を概観し、経験的に仕事の難易度や必要な教養レベルからすると、私は、(3)の仕事が最も難しく、次いで(1)そして(2)の仕事という順になると思う。海外旅行の添乗業務よりインバウンドの添乗業務の方が、私の経験からしてはるかに難しいと思っている。

 この添乗員資格とは全く別に、全国通訳案内士という医師、弁護士と同様の国家資格がある。居眠りしながらの座学でも資格が取れる添乗員資格とはレベルが違う。私は四浪して2017年にこの資格を取得した。たぶん、その年の合格者年齢では最年長者から3、4番目、現役の通訳案内士では最年長であろう。

 このほかテレビ関係の役者として、著名企業や政府のTVCMやウェブCM、プロモーション・ビデオなどにも出ている。両方とも2014年頃から始めた。65歳をとうに超えていた。還暦を過ぎてからの新天地である。

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2. 「添乗員になりません?」

 添乗員という仕事が、誰にでもできるものだとは知らなかった。旅行代理店に新卒で入社した社員が、しかるべき訓練の後になれる、どなたでもそう思うだろう。ましてや海外旅行の添乗員ともなれば、英会話も達者に違いない。

 ところがひょんなことから、海外旅行の添乗員にあっけなくなってしまった。ある日、コンサル先の日本企業の若社長とランチをしていた時のことだ。その企業は旅行とは何の関係もない。

「新津さん、添乗員になりません?」
と、若社長が唐突に言い出した。キョトンとしている私に、

「いや、新津さんだったら英会話もできるし、失礼ながらキャラもいいし、向いていると思うんですよ」
「だって、添乗員って旅行代理店の社員がしてるんじゃないの?」
「いいえ、違いますよ、大部分は派遣なんですよ」
「えっ、ハケン、派遣社員なの?」
「そうです。ま、八、九割が派遣ですよ、ほとんど女性ですね」
「あ、そうなの」
「やってみます? やるんなら、私の知っている派遣会社に電話してみますよ」

 そう水を向けられた。私は、基本的に何にでも興味があり、やってできないことはないだろう、と、だいたいがポジティブ志向である。

 われわれ昭和の「企業戦士」世代は、「海外」というと、何か新たな世界への出港、未知への挑戦的な発想があり、「官費?」で行ける海外出張や海外赴任は、憧れの的だった。

 昨今の若年層は、海外出張や、海外赴任を避けたい風潮があるやに聞く。

 海外旅行の添乗員の中には、海外のいろいろなところへタダで行けるから、というようなモチベーションの人も多い。それはそれで、良しとしよう。しかし私は、海外へは仕事であちこちへ行ってきた。宿泊都市数では三十は超えるし、陸上通過やトランジット(航空機乗り換え)を含めたらもっと行っているであろう。行っていない大陸は、南米大陸とオーストラリア大陸くらいのものだ。若い海外添乗員のようにタダで世界観光ができるから、というようなケチな発想はなかった。

3. ナンセンス、年齢で足切り

 私は若社長の提案に二つ返事で乗った。

 しかし、電話はしていただいたものの、年齢の件で、この話は立ち消えとなった。

 数日たって、自分のキーボードの前でチョイと時間ができた。海外添乗員についてあれこれと検索していたら、正式な名称は失念したが、東京の添乗員派遣会社の協会のようなサイトが出てきた。加盟社のリストに出ている企業に片っ端から応募することにした。各社の応募要項に従い、電話かホームページの書式で応募した。

 当然のことながら、電話では年齢のところで前途が途絶える。ホームページから申し込んだ企業でも、年齢を理由に断ってきた。そんな杓子定規なことをするなよ、いっぺん、会うだけでも会ってよ、十歳若いモンより使えるのがわかるって。当方の意気込みと情熱は、片っ端から粉砕されていった。トホホ・・・。

4. 私を採用した若社長の慧眼

 そんな中で一社だけ、
「お会いしましょうか」
と、男性の社長自らが電話でおっしゃってくれる企業があった。お、捨てる神あれば拾う神あり、だ。

 後日談だが、その後私は、全国通訳案内士の国家資格を取得した。しかも海外在住の訪日希望外国人と、全国通訳案内士の国際ウェブ上でのマッチング・サイトでは、一時期、人気ガイド、ナンバーワンになり、いまなお高位をキープしている。テレビの役者として画面にチラホラ登場するようになったのも、その事務所へ入ってからである。

 こんな将来性のある逸材?を、他の添乗員派遣会社では、こともなげに年齢で足切りしたり、せっかく面接までしたのに採用しなかった会社もあった。それを、この社長は、
「おやっ、此奴何かあるな?」
と直感したのかもしれない。六十五歳をとっくに過ぎた、自分の親父世代の人間に会ってみようというのだ。その後の私の活躍を見れば、その選択を慧眼と言わずして何と言おう。

 社長は、ひと通り私の「前科」などを問答した後、「じゃ、社内研修受けてみますか?」ときた。えっ、これって、合格かい? 研修を受けろということは、合格でしょ。この社長、人を見る目があるな。ひとりほくそ笑んで外へ出た。

5. 厳しかった社内研修、同期四人

 社内研修は、社長が自ら行なった。入社?というか、一緒に研修を受け同社に派遣添乗員として登録し、仕事をして行くことになった「同期生」は私を入れて四人。女性二人、男性二人。もうひとりの男性は三十歳ちょっと、女性は二十代だ。社長が私の子ども世代だし、同期生はさらに十年も若い。面白い世界だと思った。

 研修は多岐にわたったが、私にとって貴重であったのは二人一組になってのロール・プレーであった。他のことは大方想定内のことであったが、このプレーは旅行業界に特化した、私が全く知らない分野のことだったので、厳しい指導を受けたが、楽しい思い出だし、いまなお役に立っている。

 研修を終えるにあたっては社長からは、
「新津さん、心の中を真っ白にしてください」
とのひと言をいただいた。

 そんなことはガッテン承知の助だ。つまり社長は、これまでの私の経歴や経験、年齢を鼻にかけず、初心者のまっさらな気持ちでやれ、とのアドバイスをくださったのだ。私は、社長をはじめ事務所のどの若い添乗員にも、大学の体育会系の一年生のように、敬語で、機敏に対応した。出身校や職歴などの「前科」はいっさい口にしなかった。白球を追う甲子園球児のように一生懸命に頑張った。

5-1. 唯一の欠点

「ひとつだけ欠点がある」研修が終わった時、社長がいみじくもおっしゃった。

「新津さん、あなた、何の心配もないんだけど、ひとつだけ欠点があるんだよなぁ」
「何ですか?」
恐る恐る聞いてみた。

「いやぁ、どうみても大ベテランに見えるんですよ」
そうねぇ、うちの事務所では顧問より年上の最年長なのだから。見かけ大ベテランに見えるかもしれない。

 新人研修で成田空港に行ったときのこと。遅れてきたひとりのお客さまを、受付からセキュリティのところまでお連れすることがあった。当方、紺のブレザーにネクタイ姿、着慣れている。

「上司のかたも、いろいろたいへんでしょう?」
といわれた。いや、新人ですとも言えず、上司のように対応した。ま、この辺は慣れているし。

6. この稼業は体力勝負

 添乗員や全国通訳案内士に必要なのは、なんといっても体力である。添乗員にしろ全国通訳案内士にせよ、一日に軽く一万五千歩は歩く。

 全国通訳案内士になるとFIT(Free Independennt Traveler または Foreign Individual Tourist )といって、パッケージ・ツアーや団体旅行ではなく、裕福な個人客のガイドが多くなるので、貸し切り車やタクシーを利用することもある。

 しかし、私は、東京では日本の地下鉄を使って街を歩くことで日本をよく知っていただけると思う。ほとんどのお客さまは地下鉄を使って案内する。すると東京一日ツアーといっても、一万歩以上は歩くことになるのだ。

 また、インバウンド添乗員の場合は、私がかかわったサクラ・ツアーのように、二週間、三週間連続というのもある。お客さまも比較的若いので、私の実績では一日に一万五千歩から二万歩を毎日歩いていた。これを三週間続ける。

 毎日バスに乗りっきりの海外旅行の添乗業務などは、これに比べればはるかに楽だ。

 同期の若い女性は、サクラ・ツアーで三週間ツアーと二週間ツアーを一日の休みもなく、計五週間を連続でやってのけたこともある。また彼女は、フルマラソンを二回完走しており、富士山の頂上までの添乗も三十回を超えている。パッと見には、どこにでもいるような可愛めのお嬢さんだが、強靭な体力と精神力を秘めている。その辺の軟派系の兄ちゃんなんぞには彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。

 とはいえ、酒席で私がアドバイスをしていると、お酒に弱い彼女はコックリ、コックリなのだ。昔の私なら張り手の一発でもくらわすところだが、いまでは指でおでこをパチンと弾いてやる。

 いずれにしても、インバウンド添乗員と全国通訳案内士は体力がいる。だから私のように七十歳をとっくに過ぎた人間がこの仕事で現役でいられるのは、自分で言うのもナンだが、ただ事ではないのである。女性五十歳、男性六十歳を過ぎたら、過去に運動経験のない人にはこの稼業は無理だと思う。お客さまより体力がないのは致命的にダメといえよう。

 外資系企業にいて英語が達者、そこで定年後は通訳案内士でも、と思って、難関の試験をパスした人はたくさんいる。しかし、実際に始めて見るとどうだろう。もう、一日でヘロヘロ、そんな人が多いに違いない。

7. 女性にもててもダメ

 さて、私が「添乗員はつらいよ」というのは、海外旅行の添乗業務の最中にいろいろ起きる珍事、愚事の類いに起因する。それらは主に中高年婦人や若い女性によって引き起こされることが多い。

 普段の私的お付き合いの利害関係のないところで女性にもてても、利害関係ガチガチの海外旅行のお客さまと添乗員となれば、それは話は別だ、ということがよく分かった。

 自画自賛だが、私はおカネはないけれど、女性には優しくて、こまめで、話上手なので(自分で言うかね)、会社や同好の集まり、酒場などでは、女性に敬遠されたりした経験はない。ま、気が付かないだけかもしれないが。

7-1. モテモテ自惚れ列伝?

 恐縮ではありますが、そういう自惚れを以下にご紹介させていただきます。

  • 東京・原宿の大きなスナックでは、私がいるとお店が明るくなるからとママが言って、料金は受け立ったことがなかった。
  • 同じく東京の世田谷のスナックでも、いつでも千円でいいからと言われていた。ママは私のために仕入れてきたといっては、新鮮な鮮魚類をよく出してくれたり、いろいろな小料理をつくってくれた。もちろん、他のお客さまからはそれなりのお代をいただいていた。やはり私がいるとお店の雰囲気が良くなるそうだ。私はひとりで行っても気軽に他のお客さんと話ができる。それがよく盛り上がるのだ。
  • ある会社に在籍していた時のこと。会社一の美人と言われる先輩女性社員がいた。先輩や、同輩の男性社員がいろいろと飲食に誘うのだが、なかなか上手くいかない。私が誘う時はいつも二つ返事で受けてくれた。あとで、先輩社員によく睨まれたものだ。
  • 別の企業では、いわゆるその企業の「大奥」の女性を中心とした月例の女子会があった。そこへは、私とコンピューター関係の若いイケメン男性の二人が、いつも呼ばれていた。
  • 二十歳くらいの頃、中学校の同窓会があった。会場の建物内の人気のない一角。私は中学生のころ二人の仲を悪ガキ同級生たちに囃し立てられた、その女性とばったり出くわした。中学時代、私は生徒会長、彼女も生徒会の役員だったか。
    「私、あなた好きだったんだから!」
    そういわれて、男がいうのもおかしな事だが『唇を奪われた』。煉瓦色のワンピースを翻して足早に去る姿がいまでも目に浮かぶ。
  • 東京・大手町にあった世界的に有名なPR会社の日本支社へ出向していた時のこと。年上女性社員数人とランチに行った。皆で帰りに信号を待っていたときのことだ。
    「私、あなた好きよ!」
    と言われて、私の両腕をつかんで背伸びをした年上の小さな女性に、この時も 『唇を奪われた』。
    東京のド真ん中、大手町、真っ昼間。私も皆も度肝を抜かれた。

 こんな具合に、私的なところでどんなに女性にもてても、添乗員とツアー客になると、いくら向こうが知性も教養もないガサツな女性でも、士農工商穢多非人添乗員の序列概念はしっかりと持っているらしい。お互いにフレンドリーというわけにはいかない。女性客の全部が全部そうとは言えないが。添乗員はつらいよ!。

8. 好事魔多し

  海外旅行には中高年の女性が多いということは、添乗員を始めてからわかったことで、そうだったことを知った上で添乗員になったのでなかった。

 しかし、蓋を開けたら中高年や若い女性が多い。これは上手くいく! と直感的に思ったものだ。ところが「好事魔多し」である。初回添乗から「魔」が登場してくる。辟易としたものだ。

 男女関係は、ゲマインシャフト(自然発生的にできた打算抜きの人間社会)の中では上手くいくが、ゲゼルシャフト(各自が利益的関心に基づいてできた機能社会)の中では上手くいかない、ということが、よくわかった。

 さて海外添乗で意気揚々と業務についたはいい。しかし、カネを挟んでの女性客とサービス提供者の添乗員という関係になると、女性という種族の一部には、一気に自分の目線の高さを維持しようと立ち回るものがいることがわかった。これは、女性にかぎった事ではないかもしれない。いずれにしても、品性下劣な雌鶏には代わりない。

 女性の海外旅行者の全員がそうだというのではない。一回の添乗のグループの中に、そのような女性がひとりいるかいないかなのだが、この人たちが添乗員に繰り出すパンチが「添乗員はつらいよ」と言わしめるのである。

9. 一事が万事つらい訳ではない

 しかし、 「添乗員はつらいよ」とはいうものの冒頭にも申し上げた通り、一事が万事つらいわけではない。したがって、これから添乗員になろうとしている方は、ぜひ、本書をご参考にして、ご自分を研鑽していただきたい。

 インバウンド添乗員は、国家資格ではない。また、有料でガイドをすると法に抵触する。しかし外国人観光客に尋ねられたことに対して説明しないわけにはいかない。

 したがって、全国通訳案内士の資格試験に出るくらいの事は一生懸命勉強する必要がある。しない人もいる。

 私は、このように外国人観光客に日本の文化、芸能、風俗、習慣、地理、歴史を紹介してあげることが好きだ。だから、一生懸命勉強した。聞かれてわからないことは、素早くネット検索し、自分も勉強し、彼らに説明してあげている。

 こうすることを少しずつ積み上げることは、自分を一ミリでも高みへ引き上げること、ま、いってみれば教養をつけることになる。人としてそれだけ大きくなれるのだ。

 どの仕事にも言えるが、のんべんだらりとルーティンをこなしているだけでは、将来的には普通のおじいさん、おばあさんになるだけだ。そういう点で、全国通訳案内士やインバウンド添乗員の仕事はエキサイティングで楽しい。

 私は、「後期高齢者」なってからこの仕事に就いたが、人としての喜びは大きい。白球を追う甲子園球児のように一生懸命取り組んでいるからだろう。いつも青春を感じている。

10. 終わりに

海外添乗の現場で起きる出来事は、一つひとつは小さく見えても、文化や価値観の違いが凝縮されています。日本にいるだけでは気づきにくい視点が、旅の現場には数多くあります。今回の話も、その一例に過ぎません。実際の添乗では、こうした経験の積み重ねが、次の判断を支えていくことになります。

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※本記事は、著者が執筆した電子書籍を加筆・再構成したものです。
実際のツアー現場で起きた出来事や、その後の展開については、電子書籍【写真】でより詳しく紹介しています。

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