都会の喧騒を逃れて、大自然の中でマイナスイオンですべての血液を洗浄し、明日へ向かってリセットします。これが山歩きの醍醐味といえます。
しかし、そうした自然の素晴らしさを満喫するには、それを維持する山での鉄則があります。
それは「自然を大切にすること」と「相手に迷惑を掛けないこと」です。
ところが、そうした鉄則も知らず、街暮らしをそのまま山へ持ち込む輩(やから)がいます。
山行中に経験豊かな山屋に睨まれたり、小屋の親父に注意を受けたりしないようにしましょう。
男性に限りません。女性にも無作法者がいます。山の先輩に何も聞いてこなかったのでしょうか? 山登りのガイドブックも読んでこなかったのでしょうか?
ここでは、山好きが山行をいつまでも愛せるように、山で守らなければならない「山での鉄則5ヵ条」をご紹介します。
山歩き60年の山屋の経験からご案内します。
【contents】
1. 午後3時の鉄則
山歩きの基本の基は、無事に下山することです。
発病せず、怪我をせず、そして相手に迷惑を掛けず、です。
そのためには、その山行に備えて体調を整えることが大事です。
当日も、無理なく、怪我をしないように、身体をいたわりながら登ります。
そして、午後3時には下山(つまり普通の道路へ出ること)しましょう。
小屋泊まりの場合にも、午後3時には小屋へ到着するようにしましょう。
午後3時なら、冬場なら日没まではまだ2時間もあります。
しかし山では、どのような突発事故に遭遇するかわかりません。
もし仮に、自分や仲間の誰かが岩場での転倒したり、滑落した場合には、怪我の手当てや滑落の救助活動、または救助要請の行動が必要です。
その行動が日没後に入っては、どうにもなりません。そこでビバーク(緊急の野営)して救助を待たなければなりません。冬では外気温が下がり、低体温症となり、生死にかかわるビバーク(緊急の野営)になってしまいます。
こうした事故を見越して、早めに下山(山小屋到着)することが大事なのです。
小屋に早めに到着すれば、寝床は良いところに(好みのところに)確保できますし、荷物を置いて小屋の周辺を散策したり、あるいは小屋の位置によっては頂上までピストンできるかもしれません。余裕をもって山旅を楽しむことができます。
夏場なら、午後4時でもいいでしょう。
2. 自然保護の鉄則
山歩きの基本は、自然の保護です。
●いかなるゴミも持ち帰り
そのためには、食べ残しや食品や菓子の包装紙、ビニールなどはすべて自分で持ち帰りましょう。出かける前にレジ袋のような「ゴミ袋」を必ず持参しましょう。
山道を歩いてよく気が付くのは、アメや菓子の小さな包み紙が落ちていることです。ポイ捨ては厳禁です。これらの紙は、自然の土に戻りません。必ず持ち帰りましょう。
山小屋のゴミ箱に捨てればいいと思うでしょう。山小屋にゴミ箱などはありません。
山小屋で休憩したり、宿泊した時にもいろいろなゴミが出ると思いますが、どんなゴミでも必ず持ち帰りましょう。宿泊客が、少しずつでもゴミを山小屋へ残したり、全員の分量は大変なものです。毎日溜まっていったらどうなるのでしょう。焼却にも山小屋の人手(人件費)が必要です。
いつもいいますが、山小屋は旅館ホテルなどの商業観光施設ではありません。厚生労働省管轄の緊急避難場所兼務の施設なので、山小屋のスタッフにサービスを要求するのは筋違いです。
自分の出したゴミは自分で持ち帰りましょう。
出かける前に、ゴミになるような包装はできるだけ少なくすることもひとつの手です。
●火の用心
極めて当たり前のことですが、火の扱いには十分注意して山火事にならないようにしましょう。
●コンロの使用:山小屋では定められたところでのみ使用しましょう。道歩きの休憩中などでは、コンロの使用を止めましょう。周囲の枯れ葉などに燃え移る危険性が極めて高いです。
●禁煙の励行:道歩きの休憩中は、禁煙しましょう。山小屋の禁煙所だけで吸いましょう。山、とくに秋冬の山は乾燥しており、枯れ葉などの可燃物がいっぱいです。ちょっとした不注意から山火事になりかねません。喫煙者の厳重なる注意をお願いします。
3. 上り優先の鉄則
●「ぶつからなかったから、いいじゃん」
最近では、街中のクルマ走行で、どちらが優先かわかってない運転者が目につきます。
交差点では直進車、左折車が優先です。
当方が直進の場合、交差点で右折しようと待機している対向車は、直進する私のクルマの前を、無理に曲がれば曲がれる。しかし、私は急ブレーキを掛けなければならない。これを「迷惑運転」といいます。
しかし、右折車運転者は、「ぶつからなかったから、いいじゃん」と思っている。
Yes, you can, but you should not.(技術的には曲がれる、しかし道義的には曲がってはいけないのだ)
最近では、このような、相手に迷惑をかけても技術的、物理的に問題が生じなければよし、とする風潮がいろいろな場面で強くなってきているのは困りものです。
山の歩きでも同様な状況がよくあります。
私が、リズムをとってゆっくり登っている。次はあそこ、その次はあそこ、と自分が目星をつけた足掛け場を見ながら・・・。
すると、上から若い男が、ドドドッと下りてきて、私が目指していた足掛け場を先に踏んで下りる。ぶつからないよ。しかし、間一髪だった。私は立ち止まってしまった。
彼は、技術的には上下のすれ違いを上手くかわしたと思っているに違いない。
彼には、山では上る人に道を譲るという鉄則がわかっていないのです。仮にその山の鉄則を知らなくても、山に限らず、難儀をしている人を優先するのは当たり前、という道義心がないのですね。
親は彼をそのように育てることをしなかったのです。また、仮に親がそう教育しなくても、彼には自分でそのようなことを学ぶ力が無かったのでしょう。
●上り優先の例外1
上り優先とは言うものの、こちらがヒイヒイ言いながら上っているのに、ずっと上の方で待たれているのも困るものです(笑)。待たせてはいけないと思いますから。
下りの人は、上りの人にプレッシャーがかからない待ち方をしたいものです。
そして、上りの人が下で止まって、
「どうぞ」
といったら、遠慮なくさっさと先に下るようにします。
私が上から下ってきたときには、しかるべきところで上ってくる人を待ちますが、
「ゆっくり上ってください」
と、いつも声を掛けます。
「頂上まで、あとひと頑張りですよ」
という時もあります。
ま、臨機応変のすれ違いを心がけましょう。
●上り優先の例外2
私はかねがね、集団登山は好ましくない、と思っています。
グループなら、せいぜい5人までです。
なぜなら、例えば10人のグループが続いて上ってきて、すれ違うとします。
すると、かなりの時間、待たなくてはいけません。
そのようなときは、一番前が普通はサブリーダー(リーダーは最後尾、逆もあり)ですから、ひと言彼に声をかけて、彼ら一行に止まってもらい、私はその脇をさっさと下って行きます。
集団登山は、5人以下の小グループに分け、5分空けての時差スタートをすれば、こういうことは起きません。
集団登山グループは、小屋へ着いてからもガヤガヤと騒がしく、まったく迷惑なものだといつも苦々しく思っています。
4.「ラクセキー!」の大声掛けの鉄則
山歩きでは、ガレ場歩きや、こぶし大の岩が転がっているところをよく歩きます。
平らなところでは、そんなことは起こらないのですが、急斜面ではそうした岩を靴にぶつけて転がり落としてしまう可能性があります。
そのようなときには間髪を入れずに、
「ラクセキー!」「ラクセキー!」「ラクセキー!」(落石のことです)
と大声で叫び、下から上ってくる人の注意を喚起してください!
だいたいの人は、ヘルメットは被っていませんし、よしんば被っていても、げんこつ大の岩や石は当たったら大怪我は免れません。だいたいが頭に当たりますが、出血しても止血が極めて難しいです。
こういう点からも私は、「登山は死と隣り合わせのスポーツ」と言っています。
5. 小屋では静寂に、の鉄則
●山小屋は寝室
山小屋で受付けを済ますと、自分の寝床(布団や枕)を割り当てられます。
ベッド形式のところもあるし、和式に布団を敷く小屋もあります。
いずれにしても山小屋は、そこは集団寝室なので、疲れた人は夕食前にひと眠りします。眠る人優先です。したがって、そこでワイワイ、ガヤガヤはご法度なのです。静かに過ごすのが鉄則です。
ホテルや旅館ではないので、話をしたい人は、食堂や談話室あるいは表でするようにしましょう。
とくに消灯時間を過ぎて常夜灯になってからは、おしゃべりは厳禁です。夕食時の飲酒で大きな声で話す人がいるのは困りものです。
●懐中電灯は天井を向けて
消灯を過ぎてから、トイレなどへ行く人は懐中電灯を使います。
その場合、足元を照らす人がいますが、これは和式雑魚寝形式の場合、寝ている人の顔を照らすことになります。これは厳禁です。
懐中電灯は、天井に向けましょう。これ鉄則です。歩くのには不自由のない明るさです。
●ガザゴソと音を立てない
消灯後とか早朝に、自分の荷物をチェックするのでしょう、ザックの中の荷物を出したり入れたりするときに、とくにガサゴソという紙の音は立ててはいけません。鉄則です。その音は非常に耳に障り、他人の安眠妨害となります。
夕食が終わって自分の寝床へ来たら、まず荷物の整理をし、懐中電灯をわかりやすいところへおいて、すぐ寝てください。小屋の朝食を食べないで、早朝発の人はすぐに寝たいのです。
荷物は前夜にしっかりまとめておき、朝は起きたら荷物をもって寝床を静かに離れ、食堂や談話室、外などへ荷物を置き、「朝の儀式」を済ませてください。それから朝食、出発となります。この流れを身に着けてください。