登山初心者 山岳遭難防止の6つの心得

健康/スポーツ/アウトドア

山岳遭難って何ですか?
当たり前の話ですが「遭難」の「遭」は「あう」と読みます。「ばったり出会う」という意味もあります。「難」は「難儀なこと」や「危険なこと」ですね。

したがって「山岳遭難」とは、山で命を落とすかもしれない危険に出会うこと、あるいは出会ってしまったこと、を意味します。その結果、軽症で下山できるかもしれないし、重傷を負って現地の病院へ入院するかもしれないし、最悪の場合、命を落とすことになります。

ここでは登山の初心者向けの話をしますが、初心者でも山に入る(と山屋はいいます)前には、いろいろな知識の習得と、登山力量に見合った山行計画、体調管理、そして装備の品そろえが必要です。

いつもいうことですが、山歩きは、例え日帰りのハイキングのようなものでも、観光気分ではいけません。脅かすつもりはありませんが、「死と隣り合わせのスポーツ」なのです。

サッカーの試合に行って死ぬようなことはありませんが、山歩きは、山を甘く見ると命を落とすことがあります。

山歩き60年の経験から、体験を交えて、遭難予防の6つの心得を説明します。

1. 山岳遭難の種類

それでは、山岳遭難の種類を見てみましょう。

1)道迷い

地図を読み違えたり、標識を見落として道に迷うことです。秋冬には懐中電灯(写真例はこちら)の不携帯で、暗くなってから道を見失うこともあります。

【結果】
a) 死亡して発見される。
b) 過度の疲労状態で救出される。
c) 自力で脱出できる。
e) 行方不明。

【道迷いしたら】
道迷いの善後策としては、山を登り、稜線に出ることです。これ鉄則です。稜線は、山では「大通り」ですから、他の登山者にも会えますし、捜索隊も発見しやすいです。
間違っても下ってはいけません。下ると名前もあまり知られない沢筋などへ迷い込み、捜索隊も探しにくくなります。
道に迷って日が暮れると気温が下がります。気温が下がると体温が下がり低体温症(後述)になります。
防寒具やツェルト、非常食などで一夜を明かし、翌朝から元の道に戻るか、稜線に戻る努力をします。

2)滑落

稜線やクサリ場などから眼下に広がるガレ場へ転落することです。滑落可能現場で強風に煽られるとか、体調不調と疲労が重なり、眩暈(めまい)などから、道を外れて滑落することもあります。

ガレ場とは、山を構成する岩が広い幅で雪崩のように崩れ落ちた後のことで、大小さまざまな岩がゴロゴロしている急斜面のことです。岩がほとんどない急斜面もあります。

【結果】
a) 高山では大部分の場合、死亡。
b) 助かっても頭部、背中などを強打・裂傷・出血していて、瀕死の重傷でドクターヘリなどの到着が遅れれば、死に至る。

ザックの腰ベルトをしっかり締めておけば、背中の損傷をある程度防げます。腰ベルトのあるザックの写真例はこちら

私は、北アルプスの奥穂高周辺で、前を歩いていたパーティのひとりが転落した直後に現場に差し掛かったことがあります。パーティの仲間のひとりは、穂高山荘へ救助を求めに行きました。まだ、携帯電話がない頃です。やがてドクターヘリが到着し、遭難者だけを乗せていきました。現場まで救助に下りた(これも極めて危険なことですが)別の仲間は自力や仲間のザイルで山道まで戻りました。ザイルは非常用に細いのを1本携行すると、このように役に立つときがあります。写真例はこちら

3)転倒

転倒は、登り、または下り,、時には平坦な山道で岩や木の根につまづき、転倒することです。

【結果】
a) 足首や手首の捻挫、または骨折。
b) 手首や顔面、頭部の裂傷、出血。

4)気象遭難

天気予報を聞いての、あるいは天気図を見ての、当日の天気、気温、風速などの予測を間違えること、あるいは、計画優先で悪天候を押しての出発、または、行動中に天候の悪化に対応した素早く、正確な退避、引き返しなどの判断を間違えることで起きる遭難。

【結果】
a) 低体温症などによる凍傷、凍死。
b) 持病の悪化、発狂、死亡。

5)雪崩

これも気象遭難のひとつです。雪崩の予想は難しいです。しかし、予想不可能100%ではないのです。雪崩が起きそうな場所は、ある程度分かっているのですから、そこへ行かなければ良いだけの話です。

6)行動不能

これは自分の体力や体調、登山力量(体力と山歩きの経験)に対する認識不足がもとで、単独行の場合でもパーティ登山の場合でも、歩行不能になること。

【結果】
a) ツェルト(写真例はこちら)などでビバーク(非常時の野営)して、非常食(写真例はこちら)などで疲労回復を待って自力脱出。
b) 低体温症から死に至る。

2. 原因究明

以上、山岳遭難の様態を見てきましたが、何が原因でこうした遭難が起きるのでしょうか?以上の様態が重なる遭難もあります。

1)道迷い
事前の準備不足。地図は携行していったのでしょうか?
磁石(写真例はこちら)は携行していたのでしょうか?
標識は確認しながら歩いたのでしょうか?
風雨や低外気温から身を守る雨具や防寒具(写真例はこちら)は携行していたのでしょうか?
ビバーク(非常時の野営)の場合、コンロ(写真例はこちら)などで暖をとることができたのでしょうか?
風よけのアルミ毛布(写真例はこちら)や、アルミフィルム(写真例はこちら)は携行していたのでしょうか?

2)滑落
体調は万全だったのでしょうか?
前夜、よく眠れていたのでしょうか?
前夜、深酒はしていなかったでしょうか?
滑落可能場所を、事前に地図やガイドブックで確認していたのでしょうか?
滑落しそうな山道の歩行技術は確かだったのでしょうか?

3)転倒
体調は万全だったのでしょうか?
前夜、よく眠れていたのでしょうか?
前夜、深酒はしていなかったでしょうか?
ステッキ(写真例はこちら)、アイゼン(写真例はこちら)など装具は十分用意していたのでしょうか?(4本爪軽アイゼンの写真例はこちら
怪我の応急処置用の救急セットは携行していたでしょうか?

4)気象遭難
日程選びは、好天に恵まれる日を選んでいたでしょうか?
同好者との日程調整で、あまり天候にすぐれない日を選んでなかったでしょうか?
好天でも、山の天気は変わりやすい。そんなときの下山覚悟は打ち合わせていたでしょうか?
高山に行く場合には、山岳天気に詳しい経験者と一緒だったでしょうか?
天気に恵まれそうもない朝、山小屋の人のアドバイスを聞いたでしょうか?
荒天気(雨風)や低気温から身を守る雨具・防寒具は携行していたでしょうか?

5)雪崩
自分たちのコースに雪崩がありそうな場所があるか否かチェックしたでしょうか?
雪崩の実績がある場所を通過しなければならない場合、過去の雪崩実績(実情)を調べたのでしょうか?
地元の警察や登山関係者から雪崩情報を聞いたでしょうか?

6)行動不能
自分の登山力量を承知していたでしょうか?
無理なコース・時間計画ではなかったでしょうか?
同好者との登山力量の差を承知していたでしょうか?
ビバーク(臨時の野営)しなければならない場合に備えての用具(ツェルトやアルミ毛布やアルミフフィルムなど)は、携行していたでしょうか?
ビバークに備えての非常食や十分な飲料水は用意できていたでしょうか?
雨に濡れた場合、着替え下着を濡れないように包装して携行していたでしょうか?

原因は99%自分のせい

こうして、原因をよく見ていくと、その99%は自分のせい、つまり、勉強不足、体力不足、そして準備不足なのです。低い山だからといって、甘く見てはいけません。

遭難は、いつどこでも起こりえます。登山力量(経験・体力・技術・知識)の関係なく、ベテランにも初心者にも起こりえます。山を舐めてかかるとひどい仕打ちにあることを、十分承知しておくことが大事です。

3. トムラウシ山遭難

2009年7月16日、北海道のトムラウシ山で15人のツアー登山パーティのうち8人が死亡するという夏山登山史上最悪の遭難事故が起きました。悪天候の中、諸般の事情からパーティはバラバラになり、登山力量のない参加者は隊列に後れをとり低体温症から凍死したのでした。

この遭難からは、いくつかの教訓を見つけることができますので、ここでレビュー(振返り)してみたいと思います。

登山概要

一行は旅行代理店(東京)主催の募集型企画旅行だった。参加者は広島、中部および仙台の各空港から新千歳空港へ現地集合。
メンバーは、添乗員(兼ツアリーダー)、メインガイド、サブガイド各1名(途中から別行動のポーター1人)+15名(55~69歳。男性5人、女性10人。長期の登山経験のない人もいたが、経験豊富な人が多かった。全員お互いにほとんど初対面だった。

この一行は、旭岳温泉を起点として、旭岳ロープウェイを利用し、標高1,600メートルの姿見駅(山頂駅)から歩き始め、白雲岳避難小屋とヒサゴ沼避難小屋を利用しながら大雪山系の主稜線を縦走し、トムラウシ温泉へ下山する2泊3日の登山行動を予定していた。

日程と歩行距離

以下の通りだった。

第1日目:12.4km
ガスが出たが晴れ。白雲岳避難小屋泊。

第2日目:16.3km
寒冷前線通過、朝から大雨。展望もない山の泥道を長時間、雨の中を長時間歩き、全員、疲労困憊。ヒサゴ沼避難小屋泊。
第3日目:16.0km
事故発生日。天候悪化。ラジオの天気予報で午後から天候は好転するとメインガイドは判断。強い風雨が断続する中、出発。体調不調者が出る。3時間コースを6時間まかかって北沼へ到着。
その後、低体温症の参加者や嘔吐者奇声を発する女性が出る。

メインガイドは、歩行困難の女性客に付き添うため残留、他一同は前進。
まもなく前進パーティの女性が意識不明に。サブガイドは意識不明の女性と歩行困難の女性2人、付き添いの男性ひとりとともにビバーク(緊急野営)を決定。客からは救助要請の要望が出た。
以後、サブガイドは救助要請のため「早く下りる」と急ぎ、パーティは長く伸び、サブガイドは全員を確認できなくなった。
以後、バラバラな下山となり、台風のような風雨の中、低体温症でのちに死亡する参加者が続出
日没までに下山できた人はいなかった。
18時ころ、ガイドから連絡を受けた地元の新得町から自衛隊へ救助要請。
23時55分、男性客と女性客各1名が自力で下山できた。
翌日午前0時55分、別の男女各1名が自力で下山。
午前4時頃、警察・消防の地上捜索隊と道警航空隊、自衛隊ヘリコプターなど計3機が順次上空からの捜索を開始。
午前4時55分、男性一人が自力下山。
午前10時44分、当ツアー関係者以外の登山客がコマドリ沢付近の雪渓(ハイマツの上)で倒れているサブガイドを発見し110番通報し救助、帯広厚生病院に搬送。発見時は仮死状態であったが救助後回復した。

結局、一行15人のうち8人(添乗員61歳男性を含む)が死亡するという大惨事になった。

死亡した8人はいずれも、山行コース上で死亡していたところを、翌日、ヘリコプターで収容された。

遭難の原因

この遭難ではのちに、日本山岳ガイド協会による第三者で構成する特別委員会「トムラウシ山遭難事故調査特別委員会」が設置され、遭難事故グループの行動や事故の事実関係を調査し、有識者の意見とともに報告書にまとめられました。

同報告書では、(事故原因は)「天候判断のミスおよび撤退判断の遅れ・欠如などにより厳しい気象条件下に晒される状態に陥り、低体温症を引き起こしたことがおもな要因である」とされています。

私は、同委員会以上の情報を持ちえませんが、次のことを付記したいと思います。

1)日本各地から集まった参加者は、山歩きが好きという点だけが共通点で、登山力量はまったく別々なので、3日間にわたる同一行動には、例え晴天であっても無理がある。

2)旅行代理店は、募集時に登山力量をチェックし、パーティの力量を一定以上のレベルにする必要がある。登山力量にばらつきがあれば、力量のある人からも無い人からも不満が出る。

3)一日当たりの歩行距離は以下のとおりです。

第1日目:12.4km 3時間06分
第2日目:16.3km 4時間05分
第3日目:16.0km 4時間00分

この距離を平地を歩いたと、時速4kmで計算した時間も併記します。悪天候の山歩きなら、しかも老人団体なら、この2倍や3倍はかかることをリーダーは認識すべきでした。

低体温症や意識障害が出ても何ら不思議はありません。
死亡者の性別、年齢、登山歴は以下の通りです。

男・61歳・不明・添乗員
男・66歳・6年
女・62歳・不明
女・69歳・10年
女・68歳・10数年
女・59歳・不明
女・69歳・10年
女・62歳・10数年

死者に鞭打つ積もりや冒涜する意識は皆無ですが、登山歴が長い人で10数年。つまり50歳代後半から、いわゆる「中高年登山」を始めた方々です。

参加者の多くは、10数年の間に多くの山歩きを楽しんだと思いますが、次のことが疑問です。

1)山の勉強をする機会があったのでしょうか?つまり、気象や地形、地図の読み方、長距離の歩き方(体力配分)、緊急対応の仕方(怪我、ビバークなど)、その他いろいろ。

2)日頃、山登り用の体力保持(増強はこの世代では無理)をしていたのでしょうか? つまり、60年山歩きしている私でも、毎日約7kmを速足散歩しています。
そういうことをしないで、上記の距離を、夏でも気温8℃(平地の冬並み)で雨、風速20m以上(つまり体感温度は氷点下並み)でという冬台風のような条件で歩くのは、はっきり言って自殺行為です。

3)このツアーの添乗員は61歳男性(死亡)、メインガイドは32歳男性、登山歴12年(生存)、サブガイドは38歳男性(生存)です。二人のガイドは、自分たちの親世代の参加者を引率したわけですが、この年齢では親世代の肉体的強靭さ(弱さ)などはわからないでしょう。
自分の身体を基準に、悪天候でも行けるか否かを判断していなかったか。参加者が、もし仮に全員が30代なら、死亡者はもっと少なかったと推定できます。

4)全国から集客した参加者を北海道まで集めて、天候が悪いから、この山行は途中で中止します、などと添乗員は説明できたのか?わざわざ遠くから来ているのだから、雨が止むなら出かけよう、などという参加者はいなかったのか?添乗員が詰め寄られなかったか?添乗員は、ちゃんと定款(旅行契約)通りに説明できたか?

以上、考察するまでもなく、旅行会社の参加型登山ツアーには参加すべきではない、というのが私の意見です。その理由は・・・、

1)参加者の登山力量がバラバラで、旅行会社は募集時にそのチェックをしていない。

2)ガイドは優秀かもしれないが、メンバーは「お客さま」かつ年長者であり、強い指導力を発揮しにくい。

3)参加者同士も添乗員やガイドもほぼ全員が知らないもの同士。山小屋2泊3日の山旅では一行の融和に時間がかかる。

低体温症

低体温症とは、人間が生命維持をするための脳や心臓、肺といった器官の温度(深部体温)が35℃以下に下がった状態を指すものです。放置すると深部体温はどんどん下がり、死に至ります。

高い山だけで発症するとは限りません。1,000mに満たない低山でも発症しますので、油断は禁物です。正しい知識を持ち、予防しましょう。

原因

主に次の3つです。

1)気温が10℃以下になる。寒さを感じる。
2)雨か雪で体が濡れる。体温を奪われる。
3)10m/秒以上の強風となる。体温を奪われる。
風速10mというと、風に向かって歩きにくくなります。傘はさせません。

深部体温と症状

以下のようになります。

36.5-35℃
意識は正常。手の細かい複雑な動きができない。寒気、震えが始まる。
35℃台
歩行が遅れ、震えが始まる。
34℃台
震えが激しくなる。ヨロヨロする。口ごもる。眠気がする。まともにみえてそうでない。
33℃台
転倒する。意識が薄れる。錯乱状態になる。
32℃台 
起立不能。震えがとまる。意識が消失する。
31℃~
昏睡状態。
28℃~
心肺停止。

防止法

身体を冷やさないことに尽きます。

・雨具、防寒着を着用する。
・濡れたものは着替える。私は日帰り登山でも、下着一式をビニール袋に包んでいつも持ち歩きます。
・カロリーをこまめに摂る。
・冷たい雨風を防ぐ。
・意識的に暖かいものを飲む。

山岳登山の遭難死の原因のほとんどは、この低体温症と滑落による骨折、頭部裂傷・出血といってもいいでしょう。十分な知識を習得、また、必要な携行品をチェックしましょう。

4. まとめ

以上、山岳遭難を述べてきましたが、予防法は以下の6つです。

1)自分の登山力量(体力、経験)に見合った山行計画を立てる。グループ山行の場合は、その計画が自分に無理でないか、経験者と検討する。

2)当日、自分の体調をベストに調整していく。睡眠不足、深酒、仕事疲れなどに注意する。

3)山行する山の地形、特長、遭難例、気象情報などを事前に十分調べる。歩行法などの登山技術などをしっかり身に着ける。

4)山歩きのために、普段の生活の中で体力保持に気を付け、その運動を日課に取り入れる。

5)出発前に必要な装備品、衣類、非常食などをリスト化し、点検、携行を励行する。

6)山歩きは観光ではなく「死と隣合わせのスポーツ」であることを十分認識する。

以上、登山初心者にお役に立てばうれしいです。

ご精読、ありがとうございました。