連続読み物ではないので、以下の内容のどこから読み始めてもお楽しみいただけます。
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1. ガン退院後初ガイド、成功!
【2024年9月30日記】
もう二度とできないであろう、余命1年弱の末期ガンで入院中にはそう思っていた訪日外国人観光客(インバウンド)の観光ガイドを過日、退院後初めて再開した。健常者でも疲れる年齢だが、お客さまには大変満足していただいて、感無量である。
北アイルランドからの若夫婦とそのお父上の3人であった。夕方から浅草を3時間ほどご案内し、居酒屋で夕食という、ガイド再開初のツアーとしては時間が短くて助かった。
Barbaraさんというのが連絡相手の若妻なのだが、彼女からは長い英文の礼メールが届いた。以下にChatGPTの自動翻訳文をご紹介します。長くて恐縮ですが。
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私たちは浅草で、マサトさんをガイドにして本当に素晴らしい体験をしました。ホテルで出迎えてくれた瞬間から、彼は私たちを温かく迎えてくれ、リラックスさせてくれました。彼の英語は完璧で、ツアー中のコミュニケーションもスムーズで楽しいものでした。
浅草を案内してくれ、見逃しがちな隠れた名所も含め、必見スポットをすべて紹介してくれました。彼は単に観光地を案内するだけでなく、日本人の日常生活や文化、料理についても深く教えてくれました。日本人の伝統や料理に関する説明は、とても興味深く、魅力的でした。
特に印象に残っているのは、マサトさんが地元の素晴らしいレストランに連れて行ってくれたことです。浅草のエッセンスを完璧に表現したお店で、飲み物や軽食を楽しむことができました。それは本当に本格的な体験で、文字通り、そして文化的にも日本を味わっていると感じました。
マサトさんは知識が豊富なだけでなく、一緒にいてとても楽しい人でもありました。彼はユーモアとエネルギーをツアーにもたらし、ガイドというよりは友人と一緒に街を探索しているような感覚でした。浅草で楽しく、ためになり、忘れられないツアーを探しているなら、マサトさんは完璧な選択です!

浅草・宝蔵門の夜景。

浅草雷門は江戸末期の1865年、田原町大火で焼失した。1960(昭和35)年になって、松下幸之助氏によって再建・寄贈された。写真は昭和6年の雷門の無い仲見世通りの入り口付近。
2. ガン患者ガイド善戦、TVCM撮影も
【2024年10月9日記】
2-1. 健常者でもヨレヨレか?
5時間半のガイドが終わり、帰途の地下鉄で着席できたときにはホッとした。昨日はロンドンからの孫世代のカップルであった。なにせ男性客マクシ(2000年生)のお爺さんと私は年齢が一つしか違わなかったのだから。
前夜に、東京証券取引所の西口にあるK5というホテルに到着した彼らは、時差の関係で眠いからとロビーで会う時間を11時と要請してきた。東京の定番中の定番観光コースを希望で、築地、渋谷のハチ公とスクランブル交差点、明治神宮、そして浅草という内容である。
傘寿間近で現役の? ガン患者(お客さまには話していない)なので1日15,000歩とか20,000歩をお他人さんに迷惑をかけないで歩き切れるか、という懸念があった。今回は退院後、2回目のガイドである。前回は初回で、幸運にも浅草3時間と時間も距離も短かったので、難なくこなせた。
今回も幸運に恵まれた。19時まで8時間の予定であったが、彼らが時差で眠くて、17時30分にホテル近く別れることになったのだ。渋谷、明治神宮、そして浅草には行かなかった。
当方、ヨレヨレの身体で地下への階段を何とか降り、地下鉄へ乗ることができた。善戦と言える。このヨレヨレ具合が、ガンのためか傘寿間近のためかわからないが、多分、健常者でもこの年ならこのくらいは疲れるであろう。約9kmの行程であった。
2-2. 和食好き?
築地では、マグロだけの握り、生のウニ、焼きカニ、ツブ貝、ブリや生エビの刺身などをつまみ喰いして歩いた。生ものが苦手な普通のガイジンさんではない。日本人並みの食嗜好とみた。箸も上手に使う。


カニ焼きを頼んだ。アンナは白ご飯だけを頼んだ。? 醤油を少し掛けたらと勧めた。「おいしい」だって。もう一軒では、刺身のキョウギ(*)小皿(500円前後)を何皿も楽しんだ。写真は生エビを食べているところ。
(*)キョウギ(経木)とは、薄い木の板である。材質は主にスギ、ヒノキ等の針葉樹が用いられる。もはや死語に近い。
2-3. 根津美術館
予定には無かったが、私が作った東京の観光概略地図の中に根津美術館を見つけて、女性客アンナ(1999年生)がぜひ行きたいというのでタクシーで向かった。同館では展示品のすべてを彼女は丁寧に鑑賞しながら巡った。雨が上がっていたので日本庭園も隅から隅まで歩いて回った。これも普通のガイジンさんのようにおざなりな鑑賞な仕方では無かった。
2-4. スマホ達人
最初にホテルを出るときにタクシーを待った。ちょっと待ったけど来なかったので、「あそこの交差点まで行こう」といったら、マクシが「あ、あと3分くらいでくるから」と彼のスマホを私に見せた。えっ? いつの間に手配したのか。
東京ではいま、スマホでタクシーを呼ぶことが当たり前なことは知っているが、私はしたことがない。それを異国から来た彼が自分のスマホでフランス語で操作するなんて。
もう一つは、根津美術館が終わったとき、「疲れたのでお茶しましょ」という話になった。と、たちどころにマクシはスマホを操作して、ここがいいです、と。スマホには地図があってそのお店までの案内線がでている。私はすごすごと、南青山の裏道を、彼の後を追うしかなかった。どっちがガイドかね。
なんと、その喫茶店は2ヵ月ほど前、私がベンツの広報誌から取材を受けた貸し会議室があるビルの1階にあるお店だった。
私もインターネット系は決して苦手ではなく、同世代からすれば傑出した「名手」とは自認しているが、マクシには頭が下がった。
こうして何とか1日コースのガイドが終了した。
きょうは夕刻より、某企業のTVCMの撮影がある。
私のガンは全身各所へも転移しており、いまは薬と注射で「冷凍保存」しているような状況で、生涯治らない。でも。そんなことdon’t mind, don’t mind。
3. 年に1度の妻への感謝 伊豆山神社 熱川温泉
【2024年10月13日】
ガンで入院以後、退院して今日までカミさんには世話になりっぱなしだ。彼女の料理や私に対する世話焼きが無かったら、医者の診立てどおり1年は持たなかったかもしれない。
ということで彼女の誕生日(10月11日)は毎年、私にとっては大イベントなのだ。いつも家事や私の世話で大変なので、家事を停止するのが何よりもよろしいと思っている。毎年、温泉宿、海鮮料理などを求めて旅にでる。
今回は伊豆熱川の相模湾のオーシャンビューができるホテルにした。朝夕食ともバイキングだが、夕食では本醸造酒や純米酒4種類とビールが飲み放題なのはありがたい。温泉も良かった。日の出も素晴らしかった。
数年前に人災で土石流が発生した近くの伊豆山神社へも参拝し、ガン平癒を祈願した。源頼朝が源氏の再興を祈願した神社で、その後、鎌倉に幕府を開き初代将軍となった。源頼朝と妻・北条政子の逢瀬の場であったとも伝わる。

伊豆山神社は、源頼朝が源氏の再興を祈願した神社で、その後、鎌倉に幕府を開き初代将軍となった。源頼朝と妻・北条政子の逢瀬の場であったとも伝わる。
伊豆高原の城ケ崎海岸も何十年ぶりに訪れた。高校時代にはバイクに彼女を乗せてのデートコースであった。門脇のつり橋は懐かしかったが、周辺の状況はすっかり変わっていた。昨年の彼女の誕生日には、川端康成が『伊豆の踊り子』を執筆した伊豆・湯ヶ島温泉で楽しんだ。

伊豆高原の城ケ崎海岸も何十年ぶりに訪れた。高校時代にはバイクに彼女を乗せてのデートコースであった。

4. 癌から完全現役復帰? 2日間で20㎞踏破
【2024年11月25日記】
このような日程は珍しいことですが、外国人ガイドとTVドラマ撮影が二日続けてあり、合わせて20㎞を踏破しました。肉体的疲労感はあるものの、癌が原因とは思えず、健常な老人(79歳6ヵ月)の疲れと思われます。二つの仕事ともやり遂げ得たという精神的には高揚感があり、完全に現役復帰できたと考えて良いかもしれません。
4-1. 外国人観光ガイド、重要な視覚説明素材(自作)
米国ニュージャージー州からの二人。事前の打ち合わせメールでは、We are two men. We are married.といってきていました。二人とも50歳前後。男の方が経理士、もう一人の方が何かの技師でした。
訪問希望地は明治神宮と浅草・浅草寺、そのほかどこか閑静な日本的なところ。渋谷の交差点とか東京タワーとか人出の多いところは避けたいと言ってきていました。
ではでは、ということで、日本庭園がきれいで大方の外国人は気に入る六義園を加えました。東京へ来る前に京都観光を済ませているので、代表的な日本的な食事は経験済のようだったので、昼食は、これも外国人は誰でも満足するお好み焼きとしました。
お茶は、これも外国人受けする生和菓子を目の前で作ってくれ、抹茶と一緒にいただける某茶房としました。寿司屋のカウンターに座ったようになります。
この茶房は、まだ観光ガイドの本やウェブにも出ていないらしく、外国人観光客や同業者に会ったことはありません。京都が本社、それ以外には東京のここだけ。大事なお店なのでここでも某茶房とします (笑)。
喫茶が終わってからは浅草へ。浅草では通り一遍の案内に加えて「江戸たいとう伝統工芸館」(無料)へ案内しました。日本の手作業による伝統工芸に大変感心していただきました。
私はいつものようにこの日も、自分で作った3枚の色刷りA4図版を用意しました。1)東京の観光概念図(お客さんのホテル、きょうの訪問先入り)、2)神道と仏教の違い一覧図、および3)日本の首都、統治者(天皇とか武士とか首相とか)、歴史年表の一覧表です。このような手作りした視覚説明素材は重要です。
4-2. ラジオのようにしゃべり続き
神道の国・日本に仏教が入ってきたのに、外国の様になぜ宗教戦争が起こらなかったのか、日本人の生活習慣が神道に深く根付いていることなども、いつものように十分説明しました。
地下鉄に乗れば、都内の地下鉄の総本数、総延長距離、駅の数なども説明します。
ま、私のガイドはラジオの様に途切れることはありません。英会話は帰国子女や海外駐在経験者の様に達者ではありませんが、お客さんからの5段階評価はすべて5。お蔭様にて2018年には関係しているウェブのマッチングサイトでは人気ガイドナンバーワンになりました。英会話能力とガイド能力は別モンなんですね。
結果的に、いろいろな見聞や私の説明、飲食物等々にたいへんご満足いただいたと思います。その証拠に、チップとして渋沢栄一さんを頂戴しました。暗いところでの握手でサヨウナラをしましたが、大変喜んでいただきました。握手の時に、あ、なにか札が挟まっているなとは思いましたが、柴里柴三郎さんか、うまくいって津田梅子さんと思っていました。
この案内で16㎞弱歩きました。
4-3. TV新作撮影
翌日はTVの新作ドラマ撮影が続きました。
和菓子屋へ団子を買いに行く老夫婦の役割。シーウケースを挟んで前からのと後ろからショットだったので、編集的にそこが使われれば、画面に出ます。そうでないことが多いです。
局名、ドラマ名は守秘義務の内で、いまは公開できません。
都内某所での撮影で約4㎞歩きました。
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両日でほぼ20㎞の歩きですが、疲れはほとんどありません。癌による疲労はないと思います。
私のガンは完治できませんが、ほぼ現役復帰できたものと喜んでいます。

結婚している二人のお客さま。生和菓子を目の前で作ってくれるお店で。

六義園の雰囲気を気に入っていただいた。

