連続読み物ではないので、以下の内容のどこから読み始めてもお楽しみいただけます。
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1. 速報!! 末期ガン患者4,000km 自力踏破!! 同病者よ頑張って!
【2025年12月18日】
末期ガンで余命1年を宣告された筆者は2025年12月17日、退院以来4,000km全行程を自力で踏破しました【写真】。

退院以来、早朝ウォーキングで4000㎞を踏破!
ニューヨークからサンフランシスコの距離に匹敵。
表計算アプリ・エクセルで記録をとるようにしました。その日の距離だけを入力すれば、2023年1月1日からの積算距離、当月の積算距離、および当月の1日平均歩行距離が出るように計算式を埋め込みました。
これは自分への自信にもなりますが、同病者への励ましとしてご案内します。全行程を同行してくれた家内にも感謝です。
距離的にはニューヨークからサンフランシスコの距離、日本では東海道五十三次を5往復の距離になります。実際には、近隣の県立相模原公園、市立相模原北公園、市立横山公園、高尾山(2回登頂)、および旧中山道(約12km)他を歩いた距離なのですが、約3年かかりました。
筆者は2022年8月、前立腺ガンのフェーズⅣ、余命1年弱と診断されました。あちこちに転移もあり手術不可とのことで、ホルモン治療で治療することになりました。現在も治療中です。
問答無用で即日入院させられ、3週間の断食と点滴療法。点滴が終わったので、このまま入院を続けたら本当に死んでしまうと直感し、医師と相談の上、1週間で平常の食事に戻してもらい、合計1ヵ月の入院で退院しました。
表計算アプリ・エクセルで記録をとるようにしました。その日の距離だけを入力すれば、2023年1月1日からの積算距離、当月の積算距離、および当月の1日平均歩行距離が出るように計算式を埋め込みました【写真】。
2. 新年を迎えて
【2026年1月1日記】以下は2026年の年賀状です。
新年明けましておめでとうございます。
つつがなく新しい年をお迎えのことと思います。
昨年中はいろいろとお世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。
ご承知のように私はcancer survivor(がん患者)で、投薬、注射などで闘病しております。医療関係の治療は病院・医者に任せるとして、自分としては『血流促進が万病撃退の基本』と考え、退院以来、早朝スポーツ散歩を毎日欠かさずしております。
歩行距離は毎日記録しておりますが、先月17日には累計4,000kmを踏破できました。これは東海道五十三次でいえば、江戸-京都を5往復、アメリカならニューヨーク-ロサンゼルスの距離に匹敵します。この中には高尾山に2回登頂、旧中山道12kmを含みます。
お蔭様にて、日常生活では何の不自由も痛みもありません。ガンの指標的な数値も0.001と最低水準です。フェーズⅣ、余命1年弱といわれてはや3年が過ぎました。これもひとえに家内の献身的な身の回りの世話、栄養管理、そして歩行時、運転時の安全喚起のお陰と感謝に堪えません。
日常的には、日本文化の海外広報をライフワークとしています。『和食』、『相撲』、『歌舞伎』、『日本の庶民的和食』、『日本酒』、『忍者』および『日本の民話』などを英文の電子書籍としてAmazon.com から世界に向けて販売しています。
また、ブログ執筆活動(このブログ、 Masaato Blog)も活発ですでに160本以上の原稿をアップしております。facebookへも日常的に投稿しています。ご興味のある方は「新津Masato」で検索すると、両方とも最初にヒットします。
本年もよろしくお願いいたします。

AIで作成しました。
3. 「年寄りの冷や水」は怖いよ
【2026年4月23日】
いまは「私には関係ない」と思われる若い人にもぜひ、お読みいただきたい。
若い時の壮健な体力が、年を取ると逆目に出てひどい目に会う、ということです。
3-1. 恥ずかしい体験
筆者は小学校6年生の時に相模原市の健康優良児に選ばれた。体格、健康、および学力が優れていたということで、同市で最も優れた男児であったということだ。当時、身長は153cmあり、同級生よりは頭ひとつ大きかった。50m走は、7.7秒で男性のどの先生より速かった。
高校生から成人になってからは山歩きに興じ、地元の丹沢山塊はもとより、奥多摩、秩父の山々と踏破していった。次いで、八ヶ岳連峰、南、北、中のアルプスの山々。出張のついでにスイスの山々もトレッキングしてきたりした。
ま、こうした経歴もあり、体力には自信があったと言えよう。「寄る年波」なんぞは屁にも思わなかった。
ところが、2022年8月にガンに罹患していることが判明。末期ガン、余命1年とか言われてその時は滅入ったが、退院してからは「血流促進」が万病撃退の元と確信し、毎日、3~4kmを一生懸命に歩いた。2023年1月1日から歩行記録をつけ始めた。
2025年12月には、累計4,000kmを踏破した。この距離は米国のニューヨークからロサンゼルスの距離に匹敵する。東海道五十三次でいえば江戸-京都を5往復となる。
そのためか否か、現在では同世代の爺さんより足腰はしっかりしていると思う。ガンの制圧のために、薬を飲んだり注射を打たれたりしているが、日常生活は健常者と何の替わりもない。痛いところもない。
これが良し悪しである。
3-2. 中山道の山道13km踏破
昨秋には、中山道の観光用旧道を13km歩きとおした。歩いている人の90%は外国人で、いま思えば、60歳を超えるような人には一人も会わなかった。
帰宅後、数日して腹痛が出てきた。熱も出た。この時最初は、何が原因か杳(よう)としてわからなかった。結局、持病の憩室が発病したことが判明した。かかりつけの病院の私の主治医のような医師も憩室持ちなので診察しやすい。
この病は、ポリープ状のものが大腸の外側にイクラを張り付けたようにたくさんついていて、体力的に無理をすると発病するもの。炎症拡大防止のための抗生剤と食事療法(お粥だけ)で治す。結局、1週間ほど寝込んだ。
われながら、80歳のキャンサー・サバイバー(ガン治療中)の爺さんが山道を10km以上も歩くなんて無謀以外の何物でもないと、いたく反省したものだ。
3-3. 都内1日観光案内、むかしのオランダ人再来日
もう1件は、むかし、グループで日本観光に来たオランダの30代の青年が、彼は軍人なのだが、日本の三沢基地に2週間ほど滞在することになり、休日に同僚二人と東京へ来たので、その案内を家内とした。
この案内は、東京という平地だが、かれこれ10kmくらいは歩く。この時も、数日してから熱が出て、瞬間的には39℃を超え、自分でも驚いた。38℃前後の熱が5日ほども続き、寝床でゴロゴロしていた。
3-4. 結論
要するに、自分の歳を自覚して体力的な無理はするな、ということだ。「年寄りの冷や水」とはよく言ったものだ。
むかし、中学での陸上競技の私の記録(400m60秒)が10年も更新されなかったことなども、いまとなっては下らない自慢話なのだ、と家内にも言われる。
「過去の栄光」はともかく、いまは、81歳(5月)のキャンサー・サバイバーであることを自覚して、爺さんらしく振舞え、ということだ。
もう、ガイドはしない。役者は、基本的に現場で出演「待ち」の仕事なので、歩けるうちは続けたい。
達者なのは、口とキーボードだけだね、トホホ。

10年前にグループで来日し、私が観光ガイドをした彼(左端)は、そのころから軍人。今回も軍人として三沢基地へ国際出張で来たのだ。東京観光には二人の同僚(初来日)とともに。家内は私とヨーロッパ旅行したときに彼に会っている。

