連続読み物ではないので、以下の内容のどこから読み始めてもお楽しみいただけます。
【ブック1/8】 【ブック2/8】 【ブック3/8】 【ブック4/8】 【ブック5/8】 【ブック7/8】 【ブック8/8】
1. 無事80歳の誕生日
【2025年5月8日記】
日本の皆さん、海外の皆さん、誕生日へのメッセージをありがとうございます。
English follows.
お蔭様で傘寿(80歳)にたどり着きました。
ご承知のように私は2022年8月、前立腺がんが発覚しました。フェーズⅣであちこちに転移しており、手術による患部の切除は不可能でした。
小康状態になった頃、医師に「あの時は1年もつかなぁ、と思いましたよ」と言われた時は言葉もありませんでした。
退院後、今日に至るまで、自らガンを叩き出すべく、「血流促進」を意図した「スポーツ散歩」を毎日継続しており、すでに3,400kmを踏破しています。
家内も一緒に歩いてくれています。私が転んだ時のためだそうです。
東京-京都間を2往復半歩いたことになります。
私のガンは完治しません。今はガン細胞を薬と注射で「冷凍保存」しているような状態です。
腫瘍マーカーは、測定できる最低値に留まっています。
薬の副作用でやや肥満にはなっていますが、足腰は同世代の健常者より達者だと自負しています。
もとより今日の健康には、家内による栄養管理、健康管理など献身的な尽力があったと、感謝しています。

誕生日記念に宿泊した伊豆•下田のホテルの窓から。
Taken from the window of a hotel in Shimoda, Izu, where we stayed to celebrate my birthday.

ここの夕食•朝食のバイキングは、刺身、焼き肉、海鮮焼きなど、量、質ともに言うこと無し。
The dinner and breakfast buffet here was simply perfect in both quantity and quality, with sashimi, grilled meats, and seafood dishes.
To my friends in Japan and around the world.
Thank you for your kind birthday messages.
I have reached the age of 80.
As some of you may know, I was diagnosed with prostate cancer in August 2022. It was already at Stage IV and had metastasized to various parts of my body, making surgery impossible.
When my condition had somewhat stabilized, my doctor told me, “Back then, I honestly didn’t think you’d last a year.” I was at a loss for words.
Since being discharged from the hospital, I’ve made it my daily routine to go on what I call “sports walks” with the aim of improving blood circulation and driving the cancer out of my body. So far, I’ve walked over 3,400 kilometers.
My wife walks with me every day—to catch me if I fall, she says.
That’s equivalent to walking between Tokyo and Kyoto two and a half times.
My cancer is not curable. The current treatment—with medications and injections—is essentially keeping the cancer cells in a kind of “frozen” state.
My tumor markers are at the lowest measurable level.
Though I’ve gained a bit of weight due to side effects from the medication, I believe my legs and back are stronger than most healthy people my age.
Above all, I owe my current health to the devoted efforts of my wife, who has taken care of my nutrition and overall well-being. I’m deeply grateful to her.
2. やったぜ3,500km踏破 江戸ー京都3往復半 ガン撃退散歩 余命1年弱から3年
【2025年7月12日記】
健康の源は「血流の促進」。2022年8月、末期の前立腺ガン、転移多数、手術不可、余命1年弱と宣言されたが、退院後、「血流の促進」こそ命、と確信し、毎日、自分考案のスポーツ散歩を展開、今月1日には、その距離3,500kmを踏破した【写真】。

今月1日には、その距離3,500kmを踏破した。
記録は、退院後4ヵ月後の2023年1月1日からとり始めた。その4ヵ月間は退院後の虚弱体質で、杖が撓(しな)るほど杖に依存して歩いた。50m先のベンチにようようたどり着く有様だった。
3,500kmの距離は、昔の東海道五十三次の江戸・日本橋から京都・三条大橋までの距離を3往復し、さらに三条大橋へ到着した距離になる。
アメリカでいえば、ニューヨークからロスアンジェルスを目指して歩き始め、あと残り1割の400kmでロスへ到着する距離である。この間、転んではいけないと家内も全コースを同行してくれている。
スポーツ散歩とは、老人がトボトボ歩くのではなく、「並足」と「速足」を100m位ずつ繰り返す、手は大きく、前は目の上、後ろは限界まで振る。これで上半身の血流も良くなる。
途中で、ラジオ体操の第一、と第二、首の運動をする。
こうした運動が功を奏してか、痛いところや不自由な関節は一か所もなく、同世代の健常者よりも健康なように思っている。
2024年の5月と10月には、東京近郊の高尾山へケーブルカーを使わずに登頂した【写真】。

ケーブルカーを使わず、高尾山へ2回登頂した。
しかし、私の場合、ガンは死ぬまで治らず、ガン細胞を薬で体内に「冷凍」保存しておくような形になっている。
同病の方々がいらっしゃれば、情報交換しつつ励ましあっていきたいと思っている。

闘病記を電子書籍として出版。どなたでもご自分のスマホで読めます。
水流(つる)慎太郎というペンネームで小説も書いています。
3. ガン患者、山道8km自力踏破!信州妻籠⇒馬籠間、薄れゆく昔日の馬籠宿
【2025年10月15日】
初秋香る信州の妻籠と馬籠を結ぶ旧中山道7.9kmを、お他人さんの助けなしに踏破した(2025.10.10.)。かつては山屋(登山愛好者)だったので、こんな距離は屁でもないと思ったのが大間違いだった。
自分がガン患者であること、80歳を超えていることにあまり考えは行っていなかったのだ。毎朝のスポーツ散歩で、退院以来3,800km(*)を歩いている自信もあったからであろう。
(*)3,800kmは、東海道53次で江戸ー京都を4往復する距離になる。家内もいろいろ心配があるようで全行程同行してくれてきている。
妻籠から馬籠までのこの行程は健脚者で2時間半、遅い人で4時間との案内であった。登りや下りが結構あり、かなりきつい。
終わってみると私たちは4時間を超えていた。私はともかく、山屋でもなかった家内も歩き通した。最後の方は二人とも、膝は笑いかけ、ふくらはぎはピクピクとかジンジンし始めていた。
思い返してみれば、この行程で会った多くの人たちは95%以上が外国人であった。まるでスイスの山をハイキングしているようであった。年齢も60歳を超えているような観光客はいなかった。
当たり前だが、こんなところを歩くのは、体力のある若い人ばかりだ。
コースは、日陰は冷蔵庫を開けたように涼しく気持ちよかった。冷気にはマイナスイオンが目いっぱい満ちあふれていた。
道は、10年前にヨーロッパからの若者15人位を案内した時とは違って、山奥に入っても敷石が置かれ、むかしの中山道の山道歩きの感じはない。
手すりも要所要所に設置され、不慮の事故の予防が十分取られていた。その分、「山を歩く」という野性味は失われていた。
出発地の妻籠宿周りはともかく、到着地の馬籠宿では、もはや昔のような、というか絵葉書にあるような雰囲気が薄れつつあるのは残念であった。
というのは、歩道部分は全面的に石畳で覆われてしまっており、それが東京の銀座や赤坂、六本木に負けぬほどお洒落。つまり、昔の宿場にはふさわしくないのだ。
古い建物も、真新しい布の幟(のぼり)などを立てまわし、不釣り合いこの上ない。残念なことだ。
退院後の体力チェックと言ったところだ。退院後は薬も注射も医師の助言指導も大事だが、自分で必ず治すという信念と実行力を伴わなければと思い、毎朝の早朝散歩を考えついた。
心臓と、第二の心臓と言われるフクラハギ(つまり3つの心臓)を使って血液をガンガンに回し、新陳代謝を促進し、免疫力をつけること、よってガンを自分の体から、たたき出すこと。ここに集中して今日に至る。
中山道の踏破は、高尾山登山の、そうよなぁ、1日に4往復したほど疲れた。
2022年8月、突然告知された前立腺ガンはフェーズⅣで余命1年弱。要は手術もできない、ということだった。
前立腺ガンのエサは男性ホルモンなので、これを生成できないようにするホルモン療法というのが採られている。1ヵ月の入院治療の後、希望退院して今日に至る。
もともと、ガン患者ではなくても、80歳でここを歩こうと企画したところに無理があったかもしれない。

ヨレヨレで映っている筆者。元山屋の面影もない。足元は舗装されている。

足元はきれいに舗装され、都会のようだ。

昔のままのたたずまい。

