冬の大岳山

NEWPORT通信

 大岳山は神奈川県の大山同様、冬季には関東平野が一望できる点が素晴らしい。大岳小屋は、通常は日帰り7時間コ-スの休憩所で、夜間は素泊り専用の小屋となる。小屋番の親父さんがいて、布団もあるが、食事は自分で持参するなり、炊事をするなりする。

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筆者

大岳山小屋、今は閉鎖されている。

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ゆったり山行

 会社を変わって、以前のように土日が休日となった。山行は小屋泊り1泊がないと楽しみは半減してしまう。昔はよく日帰りをしたコ-スでも、昨今では小屋を見つけては二日の山行とし、もっぱら落日を楽しんだり、遠方に富士山を眺めたりして自炊と飲酒を楽しんでいる。

 今回は奥多摩の大岳山。標高1299.6mで、先日単独行で日帰りした丹沢山塊の手前にある大山(1251.7m)よりやや高い。大山より少し北にあるせいか、頂上付近は積雪10~15cm、北斜面の日陰では人が歩く圧雪路で5cm、非圧雪個所で20cm位の積雪であった。

 山屋としては、じつは大きな声では言えないが、二日山行のうち初日は、隣の御岳山のバスの終点・標高約400mからケ-ブルカ-で800mまで一気に上がってしまった。あとは2時間もゆっくりと自然を満喫しながら歩けば、小屋へついてしまう。したがって、JR立川駅に正午の集合と、いたってノンビリ。学生時代の友人と二人の山行なもんで、打合せも電話で大雑把。

「あした、山行こうとしてるんだけど行ける?」
「ああ、行ける。どこ?」
「奥多摩の大岳山。雪があるからアイゼン持ってきて。俺、肉買ってくから、ご飯炊いたやつ、あれ、タッパかなんかへさ、つめてもってきてよ」
「ああ、わかった。どこで会うの?」
「立川駅で12時どう?青梅線のホ-ムの前のほう」

 彼はいわゆる中高年で登山を始めたが、これだけ言っておけば、あとは世話のかからない人である。自分で地図を買って、パソコンで電車の時刻まできっちり調べる男である。山用品にこる男だから、私が入知恵すると、次の山行には、必ずそろえてくる。

 これまでに、グラフ表示の腕時計型高度計、ステッキ、新素材の下着上下、新素材の雨具、登山用コンロ、炊事器具等々、みんな私のものより新型のものを毎回買い足してくる。言葉すくなで、博学でいい奴である。

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途中、下山中の小屋番に会う

 4つ爪のアイゼンをつけて雪道を1時間半程登ったころ、中年男女とすれ違う。どこまで行くのか、と聞くから今夜は大岳小屋だと告げた。そしたら、彼らは小屋の人間で、今日は急用ができたので今下山しているところだという。

 さて、と瞬時、思案にくれたが、鍵はあけてあるし、すでに一人宿泊客がいるという。細かいことはその人に説明してあるので聞いてくれ、とのことであった。そこで素泊り料金ひとり三千円を払って別れた。

 小屋は基本的に厚生省管轄(当時の呼称)の非難小屋だから、来た人は泊めなくてはいけない。満員でも小屋に収容しなくてはいけない。営業旅館ではないので、予約は基本的に不要である。

 ただ、食事を依頼したりする場合は事前連絡は当然の配慮だし、素泊りでも前もって連絡をするのが、相手の立場を考えれば常識である。その小屋には電話はなくて、山の下の連絡所へ電話をしておいたが、先方で連絡が十分でなかったようだった。

 小屋には4時少し前についた。石油スト-ブ2台のまえで先客と、山行経験などを話しながら一休みして、5時くらいから自炊に取りかかった。今回もほかの客がいないので、自炊スペ-スを気にしなくていいのが嬉しかった。

ストーブ2台でも寒い、寒い、金玉火鉢

 焼肉とレタスとキュウリのサラダ。その他、おつまみ、いろいろ。一人客はインスタントものなどを侘しそうにすすっているので、一緒に食べてもらった。大変な感激ようで、喜んでもらってよかった。

 酒は、今回は私はスコッチのフィンドレ-タ-(これも日本に初上陸のときわたしはPR担当であった)を200cc 程用意した。彼は清酒を500cc と、スコッチ(ブランドは忘れた)を200cc くらいであった。それぞれ、自分の好きなアルコールを自分が飲む分量だけ担ぎ上げることにしている。

 したがって、スコッチでも清酒でもボトルごとというような重量が増えるようなことはしなくて、軽量な容器に詰め替えて登るのが常である。

 じつは、これがまた足りなかった。程よく疲れているせいか、寒いからか、酒がうまい。実にうまいのだ。寒いといえば、2台のスト-ブをいわゆる金玉火鉢ふうに股で囲っているのだが、この状態で吐く息が白いのだ。室温は2.5 ℃以上にならない(25℃ではない)。

 酒を飲んだときの生理の経時変化で、すっかり暗くなった外へ出る。一面の雪。以前来たときは踏み板がはずれるかもしれないような幽霊屋敷然とし、鼻の曲がるような香水十分なトイレであった。今回行ったら、よく観光地にあるような丸太作りの立派なものに立て替えられていた。これなら女性でも連れてこれる。

 さて、そこは使わない。一面の雪、満天の星である。左手の眼下遠くに関八州の、といっては大げさだが、八王子のネオンがダイヤモンドをぶち撒けたように輝いている。右手には、真白き富士の嶺が月光に照らされ、雲1点なくクッキリと見える。

男子の特権を堪能

 すこし張り出したテラス状のスペースの下は30~40mの落差の崖である。

 セットは整えられている。私はおもむろに主役を演じた。至福の一時である。男に生まれて、ああ、良かった。あ、女性でもできると思うけどね。誰もいないし。小屋からはずっと離れているし。

 焼肉の焼き汁には、炊いてきた飯をいれ、オカカとか(何でこんなものを持ってきたかわからない。友人の奥さん、いいひとなんだ)などいろいろいれて雑炊にする。これが、いつ作っても極上ものの美味さ。

 我慢強い彼が、途中重い重いと言っていた意味がわかった。炊いた飯を、昼、夜、朝、昼各2人分計8食分も持ってきたのだ。私は、その晩用だけ2食分を頼んだつもりだったのが、何というこった。

 大きなタッパに3つ。こりゃ重いよ。奥さんも、何か言わなかったのかね。幸い、一人客がいたので、結構はけたのは幸いと言うべしである。

 酔っていないようで、結構酔っていたのだろう。そりゃそうだ、酒が一滴も残らなかったのだから。中年男3人が酒に酔って、不注意から凍死したなんていうのもミットモナイので、布団はそれぞれ2人分を使った。

 日の出を見るつもりではいたが、目が覚めたら7時。もう明るいではないか。一人客はカメラが趣味で、酒もあまり飲まなかったので、頂上からご来光を撮影することができたそうだ。

 朝飯は、ラーメン/ライス。「中華三昧」にご飯を入れて出来上がり。長ネギを忘れたのは失敗であったが、これはこれでなかなかいける。レタスとキュウリのサラダ付き。

360度の驚異の景観

 陽がでていてもマイナス5度。小屋から雪道を20分も頑張れば大岳山山頂である。視界360 度。雲一つない快晴。無風。冬の澄んだ清烈な空気のなかに、南西に富士山、南に丹沢山塊、東南の遠くに相模湾、京浜工業地帯、東に東京の街、北東に筑波山、北から北西かけては奥多摩の山々。

 二人ともしばし言葉を忘れたようにたたずんだ。以前、八ヶ岳の横岳に登頂したとき、全方向視界に恵まれ、特に雪化粧した北アルプスが印象的であったことを思い出す。

 夏山は天候が不安定で、午前と午後とでは天気が違ったりして、なかなか展望に恵まれることはないが、冬山は空気が澄んでいるので見通しがきくのが嬉しい。

 頂上から雪が多い北斜面を約3時間、すぐとなりの御前山を眺めたり、枯れ木越しに奥多摩の冠雪した山々をあれこれと指さしつつ、濃紺の大気を胸いっぱい吸いながら下っていけば、JR青梅線の終点・奥多摩の駅に着く。以前はなかった流行の日帰り温泉などもあって、そこの露天風呂に浸かれば疲れは一挙に飛んでしまう。

 山は不思議な魅力を持っていて、行き始めると、今度はあの山、来月はあそことか、帰るころには次の山行の計画ができてしまうのだ。男友達と二人で行っても、次はあれを持ってこようとか、こんな料理はどうかとか、食べ物の話がよく出る。

 単独行に凝っていたころは、なにかにとりつかれたように、ひたすら登りまくり、食事は腹さえ満たされれば何でも良かった。インスタ-トラ-メンとパンと魚肉ソ-セ-ジと、あとはチョコレ-トと氷砂糖くらいしか持っていかなかった。

 酒の飲み方と似ている気がする。若いころはひたすら飲む。酒なら何でもよかった。やはり経年変化で、今は量はいかない。おいしい酒をすこしだけ(でもないか)、気の合った相手と飲めるときが嬉しい。

 次は、大岳山のとなり、日の出(902m)にある東雲山荘で一泊、ここから大岳山へいって昼食、今度は南へ下って五日市へ出る。温泉に浸かってビ-ルで一杯、というコ-スである。

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