スイス放浪記

昭和の青年

今回のスイス・プライベート旅行では、列車内やホテルで現地のいろいろな外国人と話すことができたし、駅員や車掌、レストラン従業員、インフォメ-ション・センタ-係員、登山客、日本人親子など、ビジネス出張とは違った人と人の触れ合いを楽しむことができた。

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スイスでは家の窓辺に花を飾るのはガーデニングの基本だそうだ。

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スイス現地人と楽しんだ交流

【1994.10.06.記】
今までにスイスには仕事で何回か行った。レマン湖のほとりにあるロ-ザンヌという湖岸の斜面に張り付いたような静かな街がそうだ。

常宿はボ-・リバ-ジュという5つ星の豪華なホテルで、街全体の斜面が湖畔に下り、平坦になったところに古城のような風格をたたえている。廊下は、車がすれ違いできるほど広い。この街に、「ダイヤモンド婚約指輪は、新郎の給料の3ヵ月分」でお馴染みのデ・ビアス社の各国の小売店教育者のトレ-ニング・センタ-がある。

当時の私は、広告代理店J.W.トンプソンの社員でありながら、100%このデ・ビアス社のために働き、名刺もデ・ビアス社の日本市場教育部長(初代)であった。

ロ-ザンヌでは、ジュエリ-に加工する前のダイヤモンド(裸石=ラフスト-ン)の生成、発掘、4つのC(重さ、色、透明度、カット)などに関する知識や、宝飾小売店の経営などにつき教育を受け(もちろん全部英語で)、日本に帰っては、宝飾品店向けにそれを元に教科書を作ったり、そのまま利用できるものは、翻訳して印刷したり、ビデオの吹き替えなども行っていた。

いつも成田とジュネ-ブまたはズ-リック(チュ-リッヒ)経由で、そのトレーニング・センターのあるビルとホテルだけのル-トで、観光は一度もする時間が取れなかった。

幸いなことに今回は、全くのプライベート旅行で、エアーはもちろんエコノミ-。宿も2つ星か3つ星を、ガイドブックで見当をつけておいて現地で電話で探すという、まことに行き当たりバッタリの旅行であった。

列車内やホテルで現地のいろいろな外国人と話すことができたし、駅員や車掌、レストラン従業員、インフォメ-ション・センタ-係員、登山客、日本人親子など、ビジネス出張とは違った人と人の触れ合いを楽しむことができた。

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実家に帰ったような小さなホテル

それにつけても、スイスという国はまさに前知識の通りに、景観に優れ、清潔で、住宅の窓の花が綺麗で、すがすがしく、そして静かで人情味あふれる穏やかな人が多い国であった。穏やかな人たちとわたしが言うのは、おもにホテルの人であるが。

ホテルといってもベッド数30とか40位だから、日本のペンションとか民宿のようで、私世代の姉と妹、その娘とか、老夫婦とその子供世代(私世代)がフロントや食堂回りにいるくらいで、もちろん制服ではなく私服である。レストラン(食堂というべきか)でも、メモをもって直立不動でオ-ダ-を取るようなことはなく、

「何にする? お魚? お肉?」
「ワインは? ハウスワイン? わかった」

といった具合で、何となく久しぶりに実家に帰った時、姉とか妹と話している感じで、これがひとり旅で緊張している心身を何とも言えぬほど癒してくれた。

ホテルは現地で予約

ホテルは星によって、規模や施設が違い、星が多くなると料金は高くなる。しかし、スイスの観光協会の基準をクリアしているホテルを選び、シングルかツインか、シャワ-付きか共用かを決めて、あとはその街の観光協会等(大体駅の前か近く)で無料発行しているホテルリストと睨めっこして、駅からの距離なども勘案して電話で探す。

海外では通常シングルはないが、スイスは登山客が多いのかシングルがある。しかし、私の場合は、シングルで話が決まってシングル・ベッドだったのは1回だけで、あとはツインとかダブルのシングル料金使用であった。そうするとまず間違いなく、清潔で感じのよい部屋が見つかる。日本のビジネスホテルよりは、安くて広くて人情味あふれている。

多い小型車、日本車

以前にアメリカ大陸ヘ出張に行くと、テレビで観たのと同じような広くて、まっすぐなフリ-ウェイがどこまでも続いていて本当に驚いた。こんな道にはやはり、フロント・ノ-ズの長い、昔のマスタングやコルベットが都合がいいに決まっている。

しかし、スイスのような坂道や曲がりくねった道が多い山国になると、フロント・ノ-ズが長いと取り回しが不便だし、やはり小振りな車がふさわしい。悲しい職業癖で、やはりクルマやタイヤに目が行く。私は日本では老舗のクルマ雑誌の記者であったし、広告代理店のころはフォード自動車も担当した。

また転職歴の中ではハーレーダビッドソン・ジャパンの社長選考に最後の3人として残ったことがある。英会話や英文コレポンができることや、大型自動二輪車の運転免許所有者が条件だった。

スイスをよく走っているのは、VW(フォルクスワ-ゲン)、オペル、プジョ-205とか405、ルノ-5、BMWの3シリ-ズ(5、7シリ-ズは走っているのを見なかった) 、シトロエン、それにドイツ車、フランス車が多い。残念ながら、私が乗っているミニは、たぶん1台位しか印象にないし、ロ-バ-、ジャガ-といった英国車はほとんど見られなかった。

イタリアのフィアットも時々見かけた。しかし、これらと同じくらい多いのがスバル、カロ-ラ、セリカ、それになんとスズキの4輪駆動車ジムニ-(排気量のチェックはできなかった) といった日本勢がたくさん走っている。三菱パジェロ、ランドクルーザー、ワンボックスのエスティマも多い。全体的に3分の1弱が日本車と言えそうだ。

タイヤは、これも悲しい習性でついついチェックしてしまうのだが、大陸系ではミシュラン(仏) 、コンチネンタル(独) が多く、次いでダンロップ(英) 、エイボン(英) 、グッドイヤー(米) 、それにわがクムホ(韓国)もチラホラといった感じであった。

私は韓国財閥上位のアシアナ航空の親会社・錦湖(クモホ)の日本法人のナンバーツーになる前に、休暇を利用してスイスおよびその周辺国を歩き回ったのだ。

楽しみな食事

旅の楽しみはいろいろあるが、飲食と人情と、そして景色は、私が思うその御三家、といえる。特に食欲は、三大本能の一つだけに、これに恵まれるか否かは旅を大きく左右するだろう。外国へ行って、メニュ-が英語以外だったりすると(スイスはほとんどがフランス語(西のほう)とドイツ語(東のほう)で、時々英語の説明あり)面食らう。

昨今のように、スマホの自動翻訳機能や自動翻訳機などは、まだ夢の時代だった。

英語でも最初のころはわからない。フィッシュとかミート位はわかるが、どんな魚か、何の肉かがわからない。一回懲りると、帰国して、勉強する。魚でも日本のようにアジとかサバとかではなく、ヒラメとかマスとか、肉で言えば子牛肉とか、子羊とか、ビ-フとかポ-クとか、ま、そんなものだから、こうした魚や肉の名前はその手のガイドブックで覚える。

ふだんはあまり使わない言葉だが、食い物のためか、一度覚えたらまず忘れない。次は、どう料理してあるかだ。stewed(シチュ-ド) とかboiled(ボイルド)と言う文字があれば煮物とわかる。grilled(グリルド) と出ていれば焼き物である。with~ とあれば~が添えてある、という意味だ。で、あとは、若干英語ができるなら、蛮勇を奮って聞いてみる。そして成り行き。この失敗だか成功が、後々結構、抱腹絶倒もので面白い思い出となるので、外国へ行ったらぜひ、チャレンジしてください。

「じゃぎゃ・い-も、アリマ-ス」

食堂の入口に綺麗なサンプルがあるのは日本だけで、これは言葉のわからない外国人にはかなり便利であろう。外国にはこれがないが、この度、スイスへ行ったら、観光地のセルフサ-ビスのレストランであったが、メニュ-の写真に番号が付いた電飾看板があり、これは便利であった。

ほかのセルフサ-ビスのところではそれがなかったので、ポテトサラダぐらいはあるだろうと思ってシェフに尋ねたら、
「ジャギヤ・アーモ」
があるという。そんな英語の食べ物は聞いたことがなかったので、明瞭な発音で、
「Do you have a potato salad?」
とくり返したら、
「じゃぎゃ・い-も、アリマ-ス」
ときたもんだ。なんだ、日本語知ってるのか、という一幕であった。

ま、わからなかったら、行儀が悪いが、周囲を見回し、あれと、あれ、とか相手に失礼にならないように指さしでオ-ダ-したらいいだろう。

ハウスワインが無難

次は飲み物だ。日本人の習性として、まず食前はビ-ルというのが一般的だ。外国人でもそうする人はいるが、それはむしろマレ。だいいち、腹が膨れて、おいしいものが食べられない(食べれない、は間違った使い方)。外国では、食事の量は、まず日本の2人前はあるから、身体の小さい日本人には食前のビ-ルは勧められない。

私は、シェリ-か、ジントニック、あるいはブラッディメアリである。これで、食事が来るまでパンかなにかテ-ブルの上にあれば少しかじる。食事の最中は、ワインをとるが、外国人の友達やビジネスパ-トナ-と一緒のときは、彼らと同じものにする。彼らのほうがその辺のことをよく知っているからである。

ひとり旅や、私しか英語がわからないグループツアーの時には、迷わずハウスワインをオ-ダ-する。値段を見て、頭割りして、そこそこの時はボトルでオ-ダ-する。もし諸君(この『NEWPORT通信』の読者)が、新婚旅行かなにかで、ワインを選ばなければならないときは、おもむろに「ハウスワイン、プリ-ズ」といえばよい。80ドルも100ドルもするようなワインを、軽軽にも、見栄で頼むことなかれだ。

赤ワインにするか白ワインにするかについては、一般には酸味の強い赤は肉用、白は魚料理に、と言われる。しかし、食欲、性欲、それに睡眠欲といった3大本能に基づく行為は、他人に迷惑をかけないという一点を忘れなければ、自分の思う通りにするのがベストといえよう。私は、ほとんど白である。赤で美味いのがあるといわれれば、飲んでみる。そんな感じだ。また、かたくなに白が好きなのではない。

バカにならないデザートの量

食事が終わると、デザ-トの番だ。フル-ツとか、アイスクリ-ム、シャ-ベット、チ-ズのほかブランデ-もしくはクワントロ-といった超甘いリキュ-ルがある。しかし、アルコール度数はウイスキー並みだから、甘いといって甘く見てはいけない。

また、デザートの量が馬鹿にならない。アイスクリ-ムなどは日本の3倍はゆうにある。私は大概ブランデ-(コニャック)である。通常はグラスにそそいだブランデ-に火をつけてアルコ-ルを飛ばす。残るのはやや甘っぽい液体で、好きな人は好きなのだろうが、私は何となくもったいなくて、そのままいただくことにしている。

いずれにしろ、全体的に外国の食事は量が多くて往生する。初めてアメリカヘ行ったときは、スクランブルエッグを作るのに、卵はいくつにするか、と聞かれ、1~2個が普通と思っていた私は、びっくりしたものだ。サラダも小振りの洗面器ぐらいの入れ物に入ってきた。

南アフリカで、魚のムニエルを頼んだら、私の腕より大きい魚が出てきて、夢にまで見そうだった。ロ-ザンヌでは、前菜のスパゲッティが、日本の上品なレストランのメインのスパゲッティより量があり、これにもマイッタ。

今回の献立

海外へ旅立つときには、私は必ず、空港で寿司を食べてから出る。しばらく日本食から遠ざかるからかもしれない。今回もそうした。

1日目:負けそうなソーセージ

朝食; チュ-リッヒからベルン(首都)経由インタ-ラ-ケン行車中にて。機内食で食べ切れなかったフランスパン(ゲンコツ大)。同バタ-とジャム、オレンジ・ジュ-ス。スイス・アルプスを遠くに眺めながら、
昼食; シルトホルン展望台にて。アイガ-、ユングフラウ等を展望しつつ、ポテトのバタ-塩胡椒炒め、私も負けそうな大きさのソ-セ-ジ2本、目玉焼きつき。直径25センチ の大皿に一盛り。プラス、ビ-ル。
夕食;  ホテルにて。鱒のムニエル。野菜サラダ。玄米風パン。白ワインを1杯。食後テラスへ出て、アイガ-を見ながらまた1杯。

2日目:日本人母娘と

朝食; ホテルにて。ミルクティ。パン。ジャムはイチゴ、オレンジ、ノイチゴ(いずれもホテルの自家製、15センチ 高のポットに入っている。オレンジ・ジュ-ス、ミルクは25センチ 高の透明ガラスのピッチャ-入り。オ-トミ-ル。すべてセルフサ-ビス。フロリダから来た老夫婦と会話。
昼食; ユングフラウヨッホ展望台にて。ハ-シュドポテト。ソ-セ-ジ2本。ミネラルウォ-タ-。大阪から来た母娘と久しぶりの日本語で。
夕食; ホテルにて。バ-ベキュ-。30センチ 長の鉄串にビ-フのブロック5~6個。2本。これを目の前の卓上焼き機(固形燃料使用)で自分で焼く。なかなかよろしい。野菜サラダ。ヌ-ドルがあるというのでトライ。舌に合わず放棄。まずいスパゲッティのようだった。疲れたのでまず生ビ-ル。白ワイン。

3日目:日本語メニュー有りでビックリ

朝食; 先日と同じ。
昼食; ゴルナ-グラ-ドにて。ポテトサラダ。ソ-セ-ジ2本。コ-ンス-プ。やや塩辛し。
夕食; ツェルマットのホテルの前の中華レストランにて。日本語のメニュ-有りでびっくり。チキン焼きソバ、シュ-マイ、ビ-ル。海外の中華料理は当たり外れがない。日本食は当たり外れがあるので、中華屋は必ず覗く。店内が空いていたので、支配人らしき西洋人といろいろ話す。大阪からきた母娘が来るかもしれないので、きたらよくしてやってくれと依頼。彼女らには行くように、ホテルにメッセ-ジを残す。

4日目:下山途中の山小屋で

朝食; ホテルにて。前日と大同小異。
昼食; 下山途中の山小屋で、ス-プとパン15ミリ厚はがき大4枚。10:30 ごろ。別の山小屋で、ビ-ル中瓶1本。1時ごろ。
夕食; ブリ-クのホテルの自室でジントニックを作って(ここは冷蔵庫有り)、ゴ-ドンジン小1本あけてから、駅前のビクトリア・ホテルのレストランにて、子牛の照り焼き。野菜サラダ。白ワイン。

5日目:美味しくないハンバーグ

朝食; ビクトリアホテルの隣のホテル・ヨ-ロッパ(宿泊)にて。前日と大同小異。
昼食; チュ-リッヒ空港レストランにて。ハンバ-グ。パサパサしてあまり美味くなかった。ジントニック。

6日目:帰国したらまずラーメン

あとは機内食。成田着が20:30 ぐらいで遅かったので、すぐ帰途へ。23:00 ごろ帰宅。矢も盾もたまらなくなって近くの喜多方ラ-メンでこの旅の括りとした。いつもは、成田でタンメンかラ-メンを食べる。出国時は空港で寿司、と決めている。

こうしてみてくると、大したものを食べてないことがわかる。都市へ行ったのではないので仕方ないか。

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